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「あの、これ僕の連絡先です。受け取ってください!」
目の前の男子生徒はそう言って私に一枚の紙切れを差し出した。
ああ、またか。そんなことを思いつつ、無言のまま事務的にそれを受け取ると、彼はありがとうございます、と、少し幼さの残る顔ではにかむ。
放課後の体育館裏でのこのシチュエーション。何も知らない人間が見れば、彼が私にアプローチをしているようにでも見えるのだろうか。
(なーんて、笑っちゃう。この子は私なんて眼中にもないだろうに。)
そう自嘲気味になるのも無理はない。だって、私にはこの後の彼のセリフが手に取るようにがわかるのだから。
そして案の定、彼は嬉しそうに続けた。
「じゃあそれ、水瀬ルイさんに渡しといてください!お願いしますね!」
「……」
一体この言葉を聞かされるのは何度目だろう。去っていく彼の背を見つながら、私はただそんなことを考えていた。
彼が想いを寄せる水瀬ルイちゃんは、この学校一の美少女である。
と、言いたいところだが、正直彼女の美貌はそんな俗っぽい肩書きで表現できるものでは無い。
正に圧倒的な美。ただそこにいるだけで場の空気をガラッと変えてしまうような、ただ微笑むだけで人を狂わせてしまうような……そんな危うい程の美しさを持っている人間だった。
そして私、園田真央はそんなルイちゃんの幼なじみである。
そんなルイちゃんは当然学校中の注目の的だし、男女問わず、彼女とお近付きになりたいと思っている生徒は山ほどいる。
しかし皆、そのあまりのオーラに気圧され、話しかけることすらままならないようだった。
そこで私、の出番というわけだ。
平凡な容姿にも関わらず、ただ幼馴染というだけで学校一の美少女と常に行動を共にする私には、彼女との仲介役として、男子生徒達が『水瀬ルイさんへ』と言って、連絡先やプレゼントやらを渡してくるのだ。
無論、私は初対面の彼に好意を抱いていた訳では無いし、こうして仲介役にされることにもことには慣れている。
(って、そろそろ行かなきゃ...)
連絡先の書かれた紙を手にしたまま、一瞬迷うも、鞄の中にしまう。
この紙の末路を知る私には、それが無駄な行為だと分かっている。しかしそれでは先程の彼があまりに不憫なので、渡すぐらいはしてあげてもいいだろう。
「ねぇ見て、水瀬さんだ」
「わぁ本当だ、めっちゃ可愛い…」
校門までの道を歩いていると、次第に生徒達のそんな声が聞こえはじめる。
彼らの視線の先を見ると、校門近くの木のそばにはルイちゃんが佇んでいた。
夏服のセーラーと白い肌の上をまだらな木陰がきらきらと反射し、時折吹く穏やかな風が艶のある長い髪を揺らす。
その姿は儚く、どこか神秘的で。生徒達は彼女に目を奪われていた。
(本当に綺麗だな……)
かくいう私もそうだ。ルイちゃんとは小学校からの仲だが、未だにその美しさを前にすると、言葉も出ない程に見入ってしまう。
それほどまでに、水瀬ルイという人間は美という概念においてどこまでも非現実的な存在だった。
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