発見(みつか)ることは、幸か不幸か

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「八寸と、冷酒(ひや)だけでいい。椀盛り(汁)も刺し身(お造り)もご飯もいらん」 八寸とは割烹や懐石料理の言葉で前菜のことを言う。通常であれば、八寸→椀盛り→刺し身→焼き物(焼き魚、肉など)→煮物→強い肴(八寸とは別の一品料理)→ご飯・留椀(お吸い物)・香の物(漬物)→水菓子・甘味を順番に出していくのであるが、この男は前菜の八寸だけでいいと言う。居酒屋の酒の肴とでも思っているのだろうか。高級なチャーム(ツマミ)と考えればない話でもない。ママはコクリと頷いた。 「承知いたしました。八寸と御冷酒(おひや)でございますね」 「はい」 男は八寸と御冷酒を完食すると、カウンターに代金だけを置いて「ご馳走様」も言わずに幽霊のように店からフッと姿を消していた。 これがママと男との出会いだった。ママは失礼だとは思いながらも男のことを奇妙な男と認識するのであった。  それから、奇妙な男は毎日のように店に訪れてきた。座る席はいつも同じ玄関近くの席、そこに先客がいれば回れ右。頼むものはいつも決まって八寸と御冷酒のみ。それ以外のものは一切頼まないのである。他のものを勧めても「いえ、結構」の一言で断りを入れられてしまうのだ。 八寸と酒に舌鼓を打っている間も、玄関をチラチラと見ることは忘れない。 玄関が開けられようものなら、チラチラと見るだけの目つきを野獣のような目つきに変えてしまう。時には徳利の酒半分だけを飲み、八寸に二度三度箸をつけただけで代金だけ置いてさっさと帰ることもあった。 八寸と酒を楽しみにしているだけの客だろう。ママはいつの間にか奇妙な男を常連客として見るようになっていた。
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