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「あら、あの事件の? まだ捕まってなかったの?」
「十年もよく逃げるもんだよ。捕まったら間違いなく死刑だから必死なんだろう」
ママはポスターを受け取り、慈英道一郎の顔を眺めた。警察署長は軽く尋ねた。
「ママ? この顔見たことない? そうだね、ホステス時代に同席したとか」
ママは軽く微笑んだ。
「客商売と言うものは信頼が基本です。他のお客様のことを話すのは勘弁して下さい」
そうは言うが、実際のところ「その顔は知らない」と言うのが本音である。ホステス時代も、今も指名手配犯のポスターを見る機会があまりなく、記憶にないと言う方が正しいだろう。
「ママは岩のように口が硬くて重い。決して薄着をすることはないんだろうね」
こういった水商売上がりの人は知っていても言わないだろう。だからこそ、こちらも助かっている。市議会議員と密会をするような脛に傷を持つ警察署長故の敬意を込めた嫌味である。
「お陰で、風邪の一つも引いたことはありません。こうして十二単程に恩を着せて貰っているからこそ今があるのです」
「口が上手いねぇ、ママは」
「口が上手いだけのババアじゃ、ネオン街から出て行ってませんよ」
ママはそう言いながらポスターをカウンター裏の引き出しに入れた。ポスターに関しては後で貼るつもりであった。
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