発見(みつか)ることは、幸か不幸か

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 警察署長が店を後にした。さぁ、これからは通常営業だ。ママは玄関に貼った「本日貸切」の貼り紙を剥がすと、声をかけられた。 「あの、今から大丈夫ですか? 貸切の貼り紙があったんで、今日は駄目だと思ったんですけど」  声をかけたのは奇妙な男だった。こういう言い方をするということは、貸切の貼り紙を見て暫くその辺りをブラブラとした後でまた店に来たと言うことか。正直なところ、八寸と御冷酒だけの金回りのいい客ではないが、お客様はお客様。歓迎しなくてはいけない。ママはペコリと頭を下げ、玄関を開けた。 「さあ、どうぞ。貸切のお客様が捌けましたので」 奇妙な男はいつもの席に座り、いつもの八寸と御冷酒を頼んだ。  ママはその顔に既視感を覚えていた。常連客の顔としてではなく、つい今しがた見たばかりの顔であるような気がしたのである。 奇妙な男はママの目線に気がつき、箸を止めて口を開いた。 「どうしました? 私の顔に何かついていますか」 普通ならばここで「別に何も」と適当に誤魔化すところだが、ママは女の勘で「ここで、適当に誤魔化してはいけない」と感じた。咄嗟に機転を効かせ、自分の口角に人差し指を当てた。 奇妙な男はニッコリと微笑みながら、脇に置いていた御絞りを手に取った。 「ああ、お弁当がついていましたか。申し訳ない」 奇妙な男は御絞りで自分の口を拭くと、御絞りに八寸の一つの辛子蓮根の辛子がこびり付いた。 「辛子を口につけていては、他所様に笑われてしまう。ありがとう、ママ」 「いえ……」 何とか理由はつけた。ママは平静を装いながら奇妙な男の顔をどこで見たかを思い出そうとしていた。すると、先程見たばかりのポスターの顔が過ぎった。 そうだ! あの顔は指名手配犯の慈英道一郎だ! ポスターの顔は事件発生当時のもので十年前の顔であるが、シワの増え方と白髪の増え具合を考慮すれば、あれぐらいはひねこびていてもおかしくはない!
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