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発見(みつか)ることは、幸か不幸か
アラフィフのホステスが引退をすることになった。そのホステスは十八歳で一流ネオン街の門を叩き、アラフィフになるまでずっとホステスであり続けた女だった。
アラサーとなりクラブの経営権を先代のママより譲渡されてからは「ママ」と呼ばれている。
酒と男の濁流に呑まれて来た女の人生、それ以外の道は知らずに来た。
そんな彼女が次の人生に選んだのは割烹だった。都市部を離れた場末の繁華街と呼ぶに及ばない程の繁華街で、割烹の店を構え第二の人生を静かに過ごしているのであった。
ママが割烹の店主になって数年…… 近所の常連客相手に割烹を提供しては、ホステス時代に鍛えた巧みな話術で場を盛り上げる「繁華街のおふくろさん」になっていた。
常連客達は敬意と信頼の意味を込めて「ママ」と呼んでいる。
従業員は雇っていない。ママ一人で店を切り盛りしているのである。狭いカウンター席のみの店舗、そんなに多くの客も来訪しないために一人で店を回すことは余裕であった。
ある日のこと、ママの店に一人の男が来訪した。常連客ではない。格好は見窄らしく、地味なもので暗い色の上下。あたしの店はクラブの時のように一見さんお断りではないし、ドレスコードもない。店の敷居を跨いだ時点で、誰でもお客様だ。
功成り名を遂げた男を相手にしていた時とは違う。一流ネオン街にいたときはそうでない男は紙細工のように思い、相手にもしなかった。
あたしも一流ネオン街を出てからは丸くなったものだ…… ママは花のような笑顔を一見の客に向けた。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」
男は人差し指を上げた。お一人様ということか。後から誰か連れが来訪することはない。
ママはコクリと頷き、カウンター席に手を向けた。
「お好きな席へどうぞ」
男は玄関より一番近いカウンター席に座った。一番隅の席である。今は他にお客さんもいないから真ん中の広い席に座ればいいのに…… ママは疑問に思いながらカウンター裏のタオルウォーマーより御絞りを出し、男に差し出した。
「御絞りでございます」
「……」
男は無愛想にも「はい」「どうも」「ありがとう」も言わずに御絞りを受け取り、手と顔を拭き始めた。ママはホステス時代に無愛想な客はいくらでも見ている。特に気にすることなくグラスに水を入れ、男に差し出した。
「お水でございます」
「……」
男は何も言わずに水をグイと呷った。ママはその間に漬物を切り揃えて「お通し」を小鉢に入れようとしていた。
すると、男は徐に口を開いた。暗く、元気のない今にも消え入りそうな声だった。
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