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「――ってことがあったんだけどさ。おじいちゃんからも、言ってあげてよ。いい加減死ぬぞって」
その日の晩御飯の後、私は何度目になるかも分からない言葉を祖父に突き付けていた。
それに対する祖父の返事は、いつも変わらない。
「ひいおばあちゃんの好きなように、させてあげてくれ。おじいちゃんも、昔はよく付き合わされたものさ」
「いやいやいや。今年の夏はマジやばいって。昼間に海沿いになってるだけで、サウナに入ってるくらい汗かくもん」
「ひいおあばちゃんは、クーラーも何もない時代を体験してるから、大丈夫さ。おじいちゃんが生まれた年だって、それはもう暑い暑い夏だったらしいからな」
――祖父が生まれたのは、昭和二十年。終戦の年の夏だ。
確かに、ドラマや映画なんかではカラッと晴れた夏として描かれることが多いし、記録を見ても都心は三十度を超える猛暑だったらしい。
けれども、今年の夏はそれと比べても異常だ。なんでも、「統計を取り始めてから最も暑い夏」なのだそうだ。
おまけに曾祖母は百歳近い老人だ。
まだ二十歳そこそこの私でさえ音を上げるこの暑さに、いつまでも耐えられる訳がない。
その証拠ではないが、曾祖母は晩御飯を半分くらい残したまま、さっさと寝室に引きこもってしまった。昼間の暑さが響いているのだろう。
「そもそも、なんで真夏の海を一時間以上もぼけーっと眺めてるんだか」
「……おじいちゃんも詳しくは知らないけどな、おばあちゃん――おじいちゃんの祖母な? が言うには、ひいおじいちゃんが戦争に行っている間、毎日のように同じように海を眺めて、神様にお祈りしていたそうだぞ」
「お祈り? ひいおじいちゃんが無事に帰ってきますように、みたいな?」
「……多分な。それで、ひいおじいちゃんが無事に帰って来てからも、律義にお礼を言いに行ってるんじゃないかって」
「ふ~ん」
なんとなく納得できるような、そうでもないような話だった。
「おじいちゃんもよくは知らないけどな、伯父さん、つまりひいおじいちゃんのお兄さんは、ひいおじいちゃんより少し後に戦争へ行って、帰ってこなかったんだ。だから、余計に神様への感謝があったんじゃないかなぁ」
「ふ~ん……」
初詣と受験の時くらいにしか神頼みしない私には、どうにもピンとこない話だった。
昔の人は信心深いとは言うけれども、そこまで律義になれるものなのだろうか?
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