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曾祖母の葬儀諸々は、数日後に行われることになった。
猛暑や様々な感染症のせいで、焼き場の予約がいっぱいなのだそうだ。なんともやるせない。
祖母の亡骸は、そのまま葬儀場に預かってもらうことになった。本当なら自宅に返してあげたかったけど、この暑さでは専用の設備でもなければ遺体はたちまち傷んでしまう。
――翌日の朝。
両親は、忌引きの手続きや仕事の引継ぎの為に揃って職場へ向かった。
祖母は疲れが出たのか、今は寝室で横になっている。
古い古い我が家の居間には、私と祖父だけが残された。
チクタクチクタクと、古い壁掛け時計の音と、外から聞こえる蝉の声だけが私達を包んだ。
「お前も疲れただろう。少し休んだろどうだ」
「ごめん、ちょっと一人になりたくない、かも」
「そうか」
それだけ話して、また会話が途切れる。
祖父にしてみても、実の母親が亡くなった訳だから、ショックなのだろう。
それでも、私は無言に耐え切れなくて、気付けば口を開いていた。
「ひいおばあちゃんね、あの日は珍しく、昔の話をしてくれたの」
「昔の?」
「うん。いつも持ってたあのバッグを、ひいおじいちゃんとそのお兄さんがくれたって」
「へぇ。その話は、おじいちゃんも初耳だな」
「そうなんだ。……でもね、私なんだか、怒らせちゃったみたいで」
「怒らせた? なんか、言ったのか?」
私は曾祖母との会話をかいつまんで祖父に伝えた。
すると、祖父はやけに難しい顔をして唸り始めてしまった。
「おじいちゃん……?」
「ああ、いや、すまん。そうか、母さん、やはりあのことを気にしていたのか」
「あのこと……って?」
恐る恐る祖父に尋ねる。
どうやら、あの時の会話には、曾祖母を怒らせ祖父を難しい顔にする話題が含まれていたらしい。不用意に尋ねていいものか一瞬悩んだが、どうしても知りたかった。
――今は少しでも、曾祖母が確かにいたという証が欲しかったのだ。
「……墓まで持っていこうと思っていたが、そうだな。お前にだけは話しておこう。お父さんやお母さん、おばあちゃんにも黙っていて欲しいんだが、できるか?」
「う、うん」
「よし。――ちょうど、戦争が終わる少し前のことだ。ひいおばあちゃんは、おじいちゃんを産んだ。まだ、ひいおじいちゃんが戦争から戻る前だな。まず、これはいいか?」
「うん」
逆に何が問題なのか分からず、ただただ頷き返す。
「見ての通り五体満足で産まれたんだが……ちょっと問題があった。おじいちゃんが生まれたのは、ひいおじいちゃんが戦争に行ってから十一ヶ月目だったんだ」
「えっ、それって……」
妊娠から出産までの期間を、昔は俗に「十月十日」等と言ったそうだ。
太陰暦で数えて満九ヶ月と十日、おおよそ262日目が出産予定日になるという。
「もちろん、出産時期には個人差がある。お医者さんも、産み月がずれただけと言ってくれたらしい。けれども、そうは思わない人達もいた。ひいおばあちゃんは、親類の人から不貞を疑われたんだよ」
「酷い……」
「それでな、不貞が疑われるのなら、当然相手がいることになる。そこでやり玉に挙がったのが、ひいおじいちゃんのお兄さんだったんだ。ひいおばあちゃんとは幼馴染で、仲も良かった。戦争に行ったのも、ひいおじいちゃんより一ヶ月程度後だったらしくてな」
嫌な話だが、確かに辻褄が合う。
なるほど、曾祖母があれだけ怒ったのには、そんな理由があったのか。
かつて疑われた不貞。自分だけならず、大切な幼馴染まで疑われたのなら、心穏やかではなかっただろう。
「まあ、それも終戦のごたごたで有耶無耶になって、その内ひいおじいちゃんも復員してきて、丸く収まったんだがな」
「……それでも、ひいおばあちゃんはずっと傷付いたままだったんじゃないかな。だから、あんなに怒って――」
「ああ、いや。実は、そうとばかりは言えないんだ」
「えっ? どういうこと?」
「だから、不貞は本当にあったんじゃないかって話だよ」
「……ええっ!?」
まさかのまさかだった。
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