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「ひいおばあちゃんは、おじいちゃんが小さい頃から、夏になると一緒に海を見に行っていたんだ。理由も告げずにな」
「でもそれって、神様にお礼を言いに行ってたんじゃ?」
「うん。周りはそう思ってたんだが、おじいちゃんには、どうしてもそうは思えなくってな。海を見つめるひいおばあちゃんの目が、とってもとっても寂しそうで。おまけに……」
「おまけに、なに?」
「ああ。おまけにな、ひいおじいちゃんのお兄さんは、海戦で亡くなったんだ。戦艦ごと海に沈んでな」
「……それって」
絶句する私をよそに、祖父は傍らの紙袋から何かをごそごそと取り出した。
それは、曾祖母の愛用のバッグだった。
「それと、これだ。昔、偶然見つけたんだが……」
言いながら、祖父がバッグの口を開く。既に中身は抜いてあったのか、何も入っていない。
祖父は空っぽのバッグに手を突っ込むと、おもむろに底板を掴み、引き出してみせた。
そのまま、底板に指を突っ込む。どうやら切り口があったらしく、祖父の指が呑み込まれていく。
そして、祖父の指が引き出された時、そこには何か茶色い物が摘ままれていた。
どうやらそれは、油紙に包まれた写真のようだった。
祖父が無言で油紙を取り払い、写真を私に見せてくる。
「この人って、もしかして」
「ああ。ひいおじいちゃんのお兄さんだよ。他の写真で見たことがあるから、間違いない」
――ずっと持ち歩いていたバッグに、人目を忍んで隠していた一枚の写真。
その意味は、誰が考えても明らかだろう。
「……そういえば、ひいおばあちゃん言ってた。お兄さんには許嫁がいたって」
「おじいちゃんより少し上の世代までは、結婚と言ったらお見合いか、親が決めるものが殆どだったんだ。もちろん、恋愛結婚だって少しはあったんだろうがね。――でも、ひいおばあちゃん達は、そうではなかったのだろうね。ひいおじいちゃんには可哀想な話だが」
「ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんのこと、大好きだったもんね」
祖父と二人、居間の隅に置いてある仏壇に目を向ける。
仏壇の中には、満面の笑みを浮かべた曾祖父の写真が飾られている。
きっと、あの人は何も知らずに逝ったのだろう。それが良いことなのかどうか、私には判断が付かないが。
「きっと、ひいおばあちゃんも、ずっと苦しかったんだと思うよ。ひいおじいちゃんを騙し続けて、でも、遠い昔に海に散った恋人のことも忘れられずに」
祖父の言葉に、海を眺める曾祖母の背中を思い出す。
息子やひ孫を伴って海を眺めるその心中は、もう推しはかることしかできない。
あの人の心の中にあったのは、若い頃の情熱だったのか、それとも曾祖父への罪悪感だったのか。あるいは、その両方か――。
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