海の彼方に何を見る

7/8
前へ
/8ページ
次へ
「ひいおばあちゃんは、おじいちゃんが小さい頃から、夏になると一緒に海を見に行っていたんだ。理由も告げずにな」 「でもそれって、神様にお礼を言いに行ってたんじゃ?」 「うん。周りはそう思ってたんだが、おじいちゃんには、どうしてもそうは思えなくってな。海を見つめるひいおばあちゃんの目が、とってもとっても寂しそうで。おまけに……」 「おまけに、なに?」 「ああ。おまけにな、ひいおじいちゃんのお兄さんは、海戦で亡くなったんだ。戦艦ごと海に沈んでな」 「……それって」  絶句する私をよそに、祖父は傍らの紙袋から何かをごそごそと取り出した。  それは、曾祖母の愛用のバッグだった。 「それと、これだ。昔、偶然見つけたんだが……」  言いながら、祖父がバッグの口を開く。既に中身は抜いてあったのか、何も入っていない。  祖父は空っぽのバッグに手を突っ込むと、おもむろに底板を掴み、引き出してみせた。  そのまま、底板に指を突っ込む。どうやら切り口があったらしく、祖父の指が呑み込まれていく。  そして、祖父の指が引き出された時、そこには何か茶色い物が摘ままれていた。  どうやらそれは、油紙に包まれた写真のようだった。  祖父が無言で油紙を取り払い、写真を私に見せてくる。 「この人って、もしかして」 「ああ。ひいおじいちゃんのお兄さんだよ。他の写真で見たことがあるから、間違いない」  ――ずっと持ち歩いていたバッグに、人目を忍んで隠していた一枚の写真。  その意味は、誰が考えても明らかだろう。 「……そういえば、ひいおばあちゃん言ってた。お兄さんには許嫁がいたって」 「おじいちゃんより少し上の世代までは、結婚と言ったらお見合いか、親が決めるものが殆どだったんだ。もちろん、恋愛結婚だって少しはあったんだろうがね。――でも、ひいおばあちゃん達は、そうではなかったのだろうね。ひいおじいちゃんには可哀想な話だが」 「ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんのこと、大好きだったもんね」  祖父と二人、居間の隅に置いてある仏壇に目を向ける。  仏壇の中には、満面の笑みを浮かべた曾祖父の写真が飾られている。  きっと、あの人は何も知らずに逝ったのだろう。それが良いことなのかどうか、私には判断が付かないが。 「きっと、ひいおばあちゃんも、ずっと苦しかったんだと思うよ。ひいおじいちゃんを騙し続けて、でも、遠い昔に海に散った恋人のことも忘れられずに」  祖父の言葉に、海を眺める曾祖母の背中を思い出す。  息子やひ孫を伴って海を眺めるその心中は、もう推しはかることしかできない。  あの人の心の中にあったのは、若い頃の情熱だったのか、それとも曾祖父への罪悪感だったのか。あるいは、その両方か――。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加