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終電に乗り、辿り着いた終点駅“星見台”。
建設時代不明の謎多き遺跡と、幽霊トンネルと呼ばれる心霊スポットが有名だ。あとコロッケ蕎麦が美味しい。高校時代によく訪れた思い出深い場所である。
わたし達は人気のない駅を出て暗い田舎道を歩いた。ポツポツと立つ頼りない電灯より、月明かりの方が眩しい。道横の田畑は昔は色々な野菜が実っていたように思うが、今は背の低い雑草でびっしりである。
「こんな夜中に思い出巡りツアーでもする気?」
「まさか。不思議発見部が探すのは過去の思い出じゃなくて、未知の不思議でしょう?」
「散々探検したここに、まだ不思議が残ってるって?」
「ええ。見て、これ」
そう言って知識はスマートフォンの画面をこちらに向けた。わたしは眩しさに目を細めながら、行間の詰まった文字を読む。
“星見遺跡、丑三つ時の謎!”……胡散臭いオカルト記事のようだ。深夜二時頃、遺跡の奥の閉ざされた扉が異世界に通じるという、手垢まみれの内容。
半目で画面をスクロールするわたしの横で、知識が栄養補助食品のクッキーバーを齧る。チョコレートの甘い香りがした。
「こんな時間に、肥えるよ」
「えっ!栄養食品って体にいいんでしょう?太るの?」
「栄養を補うものだから……過剰になればそりゃね……カロリー見てみなよ」
わたしの言葉に知識は裏面表記を見て、ピンと来ていない顔をした。気にしたことなどないのだろう。しかしわたしの言葉は気になるのか、それを半分に折って片方をわたしの口に差し込む。「むぐっ」「これでカロリーハーフね!」何てやつだ。
空白の十年を感じさせない彼女。会うまで緊張していたのが嘘のようである。今まで連絡を寄こさなかったことを恨む気持ちもあったが、楽しさに薄れていった。
立ち入り禁止の門とは真逆の方向、手入れされていない林の中に、遺跡に通じる二人だけの秘密の抜け道がある。葉っぱやクモの巣を引っかけて辿り着いた遺跡は、もうこれ以上古くなりようがないといった様子で、あの頃のまま時が止まっていた。
苔生した石造りの柱が連なるそこは、南米の古代遺跡のようで、RPGに出て来そうな雰囲気が好きだった。警戒心と恐怖心が麻痺している知識は、ズカズカ奥に進んでいく。人並みに臆病なわたしも、知識と一緒だと何故か怖くなかった。
「ここね」
知識が立ち止まる。ああ、確かにこんな所もあったな。不愛想な石壁と一体化した、重そうな石扉。
「これが異世界への扉?どうやって開けるの?」
「魔法の言葉が必要らしいわ」
「それは?」
「それをこれから考えるのよ」
「マジか」
時刻は既に午前二時。丑三つ時とは二時半までの事だった筈だ。そんな短い間にどうやって一つの言葉を探し出す気なのか。何か考えがあるのかと思ったが、知識は虱潰しといった様子で「開けゴマ!」「アブラカタブラ!」と知っている限りの呪文を唱えている。
「あはは……いい大人が何してるんだか」
わたしは非日常の空間を楽しみながら、心のどこかで冷めた自分が居ることに気付いていた。きっと何も起こらないと知っているのだ。いくらあの頃のような気持ちに戻っても、不思議を心から信じられるほど子供ではない。つまらない成長をしてしまったな、と思う。まだ夢の続きに居る知識が羨ましかった。
「ねえ、ハテナも何か試しに言ってみて。魔法っぽい言葉」
「ええ?」
「お願い!……どうしても、今夜は不思議を見つけたいのよ」
真剣な眼差しで懇願する知識。初めて見る彼女の顔に少したじろぐ。(何をムキになってるんだろう?)
「ええっと……ちちんぷいぷい!とか?」
言ってから恥ずかしくなった。その時、火照った顔にバチンと何かがぶつかる。お、お、大きな虫だ!もう秋なのに!?パニックになったわたしはそのまま後ろによろめき――何故かそこから消えていた石扉の向こう、光の世界に吸い込まれる。押戸でも引戸でも無く消える形式らしい。慌てた顔の知識が、夜闇に遠のいた。
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