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虹色の光が収まると、そこはもう街中ではなくドーム状の部屋だった。物一つない。壁はオーロラ色で、本物のように少しずつ色が変化している。扉も窓もないのにどうやって入って来たのだろう?
着陸したUFOから知識がピョンと飛び下りる。巨大な手が緩み、わたしは解放された。乗り物酔いのような気持ち悪さによろめくわたしに、知識は大股で歩み寄ると、ぐっと近付き顔を覗き込んでくる。
「あなた、私の知ってるハテナじゃないわね。この世界の人間じゃない目をしてるわ」
「……え?」
「どういうことか説明してくれる?あの子をどこへやったの?」
険しい顔で詰め寄る知識。幼い顔立ちだが、表情は大人の迫力を身に着けていた。わたしは観念して自分の知る限りの事実を話す……というより、言葉が勝手に出て来た。知識の指がわたしの唇に触れると、勝手に口が動き始めたのだ。
話し終えると、知識は「ふーん」と腕を組む。
「信じて貰えないかもしれないけど、本当だよ」
「信じるわよ。私の自白魔法は強力だもの」
「魔法……こっちの世界の知識は、魔法使いなんだね」
「あなたの世界に魔法使いは居ないの?」
「魔法も、空飛ぶ車もないよ。空想上のものとしてはあるけど」
「空想?」
知識は目を丸くしてその言葉を復唱した。その顔が徐々に悲し気な色を帯びていく。
「あなたの世界には、まだ夢や空想があるのね……羨ましいわ」
「どういうこと?」と首を傾げるわたしに、知識は「自白魔法でも使ってみたら?」と意地悪を言ったが、じっと見つめ続けると諦めたように溜息を吐いて、話してくれた。
――この世界にはもう、不思議も未知も存在しないらしい。
宇宙の星々は発見し尽くされ、全てのオーパーツの謎は解明され、かつて人々が夢見た空想の世界は技術革新により現実のものとなった。
脳に埋め込まれたマイクロチップで最新の情報や技術がシェアされるようになると、人々は次第に学習意欲、好奇心、探求欲を失っていったという。
「未知の無い世界になって、人類の進化は止まったわ。人々の顔を見たでしょう?生きながらに死んでいるようなあの顔。当たり前よね。私たちは星の寿命も、人類の行く末も、宇宙の仕組みだって知ってしまったんだもの」
知識は昔から時々とんでもない話をすることがあったが、これは段違いだった。悲痛な顔で語る知識にどう反応していいか分からず、黙って聞いているしかできない。
「私はね、何とか残された不思議を探し出そうと世界中を旅したわ。人は未知の領域さえあれば希望を抱ける。どうにか、一つでも見つけたかった。でもね……もうどこにもないのよ。どこにもね」
知識の言葉が途切れる。沈黙の隙に、わたしは彼女の話を整理した。
不思議の解明し尽くされた世界。科学も魔法も極めた世界で、人間は未知を失い絶望しているという。知識はそんな人々を救いたいと思っている……?ならどうして民間人を襲うテロリストなんてしているのだろう。
「ねえ。なんであんなことしたの?」
「ああ、さっきのことね。あの光線を出す星は、私が数年かけて作り上げた魔法装置“救済の星”よ」
「救済……?」
相手を苦しめながら救済と言う彼女に、狂気じみたものを感じる。わたしの非難の視線に気付いた知識は薄く笑った。
「あの光線は、頭のマイクロチップを溶かして脳を作り替える。知能レベルを強制的にゴリラやチンパンジー並みにするのよ。記憶も消えるから“忘却の魔女”なんて呼ばれているってワケ」
「な、なんでそんなことを」
「分からない?私はね、この世界をリセットしたいのよ」
地球がまだ未知に溢れていた太古の昔に戻すために、今の文明をリセットする。それが目的なのだと、知識は語った。そんな大それた事を一人で出来る訳が無いと思ったが、どうやら彼女と志を共にする者は世界中に居るらしい。
「あなたがこっちに来たってことは、“私の相棒”はあなたの世界に行ったのかしら?」
「さあ……」
「不思議に溢れた世界なら、きっとハテナも幸せね」
悲観に染まっていたその顔に、少しだけ暖かな色が差す。そこに知識の“相棒”に対する感情が見えるようで、わたしは複雑な気持ちになった。(ずっと連絡寄こさなかったくせに。あ、この詩織はあの詩織じゃないんだっけ……)
「ねえ、忘却の魔女さん。何でも知ってるって言うなら、わたしが元の世界に戻る方法も知ってる?」
「そういう魔法はいくつか知ってるわ。でも教えない」
「なんで」
「あなたが帰ったら、ハテナがこんな世界に戻ってこなくちゃいけないじゃない。あの子の為に、ここで私と……世界の終わりと始まりを見ましょう?」
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