22人が本棚に入れています
本棚に追加
あれから約6年後の8月、ニューグルトの街には『バトルロイヤル』のために全国各地から騎士たちが集まっていた。
『バトルロイヤル』は今年が初開催となる、王国主催の騎士たちの実力を競う大会だ。
この戦いで優勝することで国王から最優秀騎士の称号が与えられるだけではなく、賞金1000万ジャル(約100億円)をもらうことができ、永久の権利が保証される。
大会に参加する誰もが優勝を目指していることは言うまでもない。
***
「ごめんね、アレキスくん。キミ、女の子と一緒のふたり部屋だから」
街の中心部から少し離れた通りに、アレキスの泊まる【宿屋エルフ亭】がある。
あらかじめ手紙で、『バトルロイヤル』開催期間中の1ヶ月間、ひとり部屋を予約しておいたのだが──。
「急に予約が入ったんだよ~。ボク、断れない性格でね。この宿、すごく安いじゃん? だからお金のない若者がよく予約をしてくるのさ」
こうやってアレキスに事情を説明するリック。
この【宿屋エルフ亭】のオーナーで経営者だ。
スラッとした長身に、長い銀髪。後ろから見れば女性のようにも見える。
ちなみに、エルフではなくただの人間だ。
「女子部屋とか空いてないんですか?」
「残念ながら、彼女の他に女子は誰も泊まらないのよ。ここは安くて、比較的自由度が高いじゃん。だから女性の宿泊客は毎年ほとんど来なくてね──この夏は0かと思ったけど、まさかの──」
「なるほど、わかりました」
しぶしぶアレキスが頷く。
これ以上このオーナーに付き合ってられない。
「その人が困らないならいいですけど」
***
宿は4階建てと、かなり充実していた。
1階と2階は共同スペース。
食堂と小さな酒場、談話室が1階に、騎士のために作られた訓練室が2階にある。朝食と夕食はセットでついてくるので、食堂は宿泊客全員のための広い空間が確保されていた。
料理人も10人以上。
この宿の名前にふさわしく、エルフたちが働いている。ひとりのエルフの少女がアレキスのことをずっと見ていたが、特別話しかけてくることはなかった。
(それにしても、かなりの美少女だったな)
この6年間常に訓練を重ね、騎士としての能力を磨く毎日だったため、こうやって美少女を見るのは久しぶりだった。
「ここでは20人以上のエルフが働いてる。ボク以外の従業員は全員エルフさ」
確かに、慌てた様子で横を通り過ぎるのは毎回エルフだ。
エルフ族は美しく品格のある種族で、人間と友好関係にある。エルフからも当然騎士が輩出され、今も王国のために国民を守っている。
「それにしても、僕のルームメイトの女性は、男とのふたり部屋になることを知ってるんですか?」
3階に上がったところで、アレキスが聞いた。
女性とは長い間深く関わってないので、内心不安なところが大きい。
このタイミングで宿に泊まるということは、その女性は高確率で騎士だ。
「キミもわかってると思うけど、この宿は返事の手紙なんて出さないんだよね。だから、知らないでしょ」
ずいぶんと他人事な言い方だ。
「僕を別の男の人とふたり部屋にして、その女性のために部屋を空けたら──」
「できないんだよ、それが。その女の子、手紙には『騎士と同じ部屋を希望する』って書いてたから。で、たまたまボクが選んだのがキミさ」
「騎士と同じ部屋……」
アレキスの頭の中に可能性がふたつ上がった。
ひとつは彼女が同じ女性の騎士を期待していた説。
それなら当然話もしやすいし、すぐに親交を深めることができる。
ふたつはライバルである騎士を観察しよう、という説。
実際、その目的で部屋をシェアしたい騎士が増えているのも事実だ。
「あ、そうそう、その女性、職業はしてないって書いてたから、騎士じゃないっぽい。この時期には騎士しか泊まらないはずなんんだよ、逆に。でも珍しいよね」
そう言いながら、リックがアレキスの部屋の扉を開ける。
シンプルな石造りの部屋だったが、なんと──。
「ダブルベッド!?」
「あ、ごめん。それしかなくてさ。よろしく」
そろそろリックに怒りたいくらいだ。
アレキスは頭を抱え、深いため息をついた。
(相手は絶対嫌がるだろうな……)
***
結局状況は変わらず、1階に戻っている。
まだ大会の2日前なので、アレキスが最初の『バトルロイヤル』に参加する宿泊者。
彼の他に騎士はまだいない。
この大会にかけるアレキスの気合はずば抜けていた。
あのときよりも強くなったことを証明するため、最強の騎士になるという夢を叶えるため──絶対に優勝しなくてはならない。
「あ、来たっぽい」
リックの軽い声と共に、宿の扉がゆっくりと開き、ひとりの女性が入ってきた。
長いブロンドの髪に、緑色の目、抜群のスタイル。それはまさしく美女だった。アレキスが今まで出会ってきた女性の中でも、群を抜いての美女だった。
「こんにちは」
美女がふたりに挨拶した。リックはアレキスに向かってまたウィンクし、美女の対応を始める。
「【宿屋エルフ亭】へようこそ! ボクはオーナーのリック。とにかく自由に使ってね。ちなみに、ここにいるかっこいい青年が、アレキス・エナジー──君のルームメイトさ」
いろいろと詰め込み過ぎた結果がこれだ。
軽い口調に押されるように、美女の表情がこわばる。
美女はしばらくアレキスを見つめていた。何を考えているのかまったく読み取ることができない。
アレキスに襲いかかる気まずさと居心地の悪さ。
軽く会釈はしておいたが、美女の美しい目から嫌悪は感じないものの、好意や関心も一切感じない。突然のことで困惑しているようにも、アレキスを警戒しているようにも見える。
「てことで、アレキスくん、彼女を部屋に案内しておいて。ボクはボクで仕事があるから。それじゃ」
それだけ言い残して、リックは風のように去っていった。
あまりに無責任すぎる。
残されたふたりは気まずい感じでお互いの次の動きを読もうとしていた。
「君の名前は?」
ぎこちなくアレキスが先に口を開く。
「セレナ」
美女はただそれだけ言った。
そして少し上目遣いになり、
「アレキス・エナジーさん、でしたよね?」
と小さな声で聞いた。
(なんだ、この破壊力は!)
ドキッとした感情を押し殺し、アレキスがこくりと頷く。
(こんなの大したことない。平常心でいろ)
何度も心に言い聞かせる。
「部屋に案内しよう。それと、その荷物は僕が持つよ」
***
相当疲れが溜まっていたに違いない。
部屋に入って、セレナはダブルベッドであることにも驚かなかった。というか、気づいている感じではなかった。
何も考えていない様子でベッドにちょこんと腰かける。
そしてそのまま、美しく眠りに入ってしまった。
端麗な寝顔がアレキスに暴力を振るう。
(これが美の暴力。まったく……これは困ったなぁ)
アレキスは頭を抱え、落ち着かないまま部屋を出て、1階に降りていくのだった。
最初のコメントを投稿しよう!