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セレナは完全に眠ってしまっていた。
親の反対を押し切り、急遽家出してきたのだ。行動力は誰にも負けないと思っていた。
いくつかの宿に手紙を送っていたのだが、唯一受け入れがあったのが【宿屋エルフ亭】で、男性の騎士がルームメイトだとわかったとしても泊まることを決めた。
「セレナには無理だ! いい加減現実を見ろ!」
父親の怒鳴り声が、頭の中で反響している。
悪夢だった。
***
一方でアレキスは1階の食堂へと移動し、夕食を取ろうとしていた。
朝食と夕食は料金に含まれているのだ。食事が最重要事項のひとつであるアレキスにとっては絶好のサービス。それに、この宿の食事は美味しいと評判だった。楽しみでしかたがない。
「アレキス様!」
食堂に入った瞬間、顔をぱっと輝かせた若いエルフの女の子が、アレキスに飛びついてきた。
ここでシェフとして働いているのだろう。
「すごい! ホンモノだー! リリー、ずーと待ってたんだよ!」
「待ってたって、僕を?」
「うんうん、だってアレキス様は超有名だもん♡」
アレキスは少し引いていた。別に嫌というわけではないが、急に抱きついてこられることは今までの人生で初めて。さらに言えば、相手はかなり可愛いエルフの女の子。
「僕はまだまだ無名だ。ニューグルトに僕を知っている人がいるなんて──」
「またまた謙虚な~。知ってるよ、アレキス様はリリーの故郷サーセイ出身の有力騎士だもん」
アレキスは顔色を変え、嬉しそうな反応をする。
「君もサーセイ出身なのか!?」
エルフの少女はその金色の目をきらきらさせながら、細かく頷いた。
「名前はリリーっていうの。ちなみにここのメインシェフ」
リリーはやっとアレキスを解放し、そのままキッチンへと戻っていった。
「嵐のように来て、嵐のように去っていったな」
思わず呟く。
女性に年齢を尋ねるのは彼のポリシーに反するので聞かなかったものの、外見から判断するに16歳くらいだろう。しかし、リリーはエルフ族──16歳の外見だったとしても、100歳を軽く超えていた、なんてこともよくある。
アレキスはため息をついた。この数十分でふたりの女性に翻弄されている。
そんな自分に嫌悪感を感じていた。
「アレキス様、ここに座ってね。リリーがお料理持ってきたよ!」
楽しそうにリリーが戻ってくる。
右手には上品なパスタの皿があった。
「アレキス様限定魚介パスタ。美味しそうでしょ?」
「ああ、もちろん。匂いも最高だ」
この言葉は本心だった。
なんという魚なのかは知らないが、綺麗な白身の切り身に赤いつぶつぶ。とりあえず美味しいのは間違いない。
リリーはこれが当然であるかのように、アレキスの向かい側の椅子に座った。
「美味しい?」
「まだ食べてない」
「じゃあ食べてよ」
「もちろん」
軽いコントのような会話になったものの、アレキスはフォークでゆっくりとパスタを絡め取り、なめらかな曲線を描いて口に持っていく。控えめながらはっきりとした繊細な味が口の中に広がった。
「うまい」
ただひとこと。それだけだった。
この美味しさをいちいち説明するまでもない。ばくばく食べている様子を見せるだけで、リリーは嬉しそうににこにこしていた。
「リリー、人が食べてるのを見るのが好きなんだよね。自分が作った料理を楽しんでくれてるって思うと、心がわくわくするの」
アレキスは嬉しそうに語るリリーを見て心が温かくなった。この子のことは16歳だと思っておこう。
ふと、この子の料理ならなんでも食べてあげたい、と思った。
それからすぐにパスタはなくなり、リリーはついにワインを持ってきた。
「ワインは遠慮しておくよ。実は飲み過ぎると超能力に影響が出て──」
「そう言わずに、1杯だけならいいでしょ」
「いや、でもそんな──」
***
20分後、ふたりのワインは10杯目となっていた。
「僕はぜーんぜん、酔ってないから」
ふたりとも完全に酔いが回っている。今では思っていることをなんでも言ってしまうだろう。
「アレキス様、だーい好き♡」
リリーがアレキスの腕にしがみつき、とんがり耳をスリスリし始めた。
「ところでさー、アレキス様ってどーやって騎士になーったの? もともと超能力持ってたー?」
その瞬間、アレキスの酔いが一瞬で覚め、あのときの記憶がフラッシュバックした──騎士になることを親に伝えたときの記憶が。
***
「今年で学校を辞めて、来年から騎士になるために修行をしたい」
そう両親に告げたのは、アレキス17歳──2週間のニューグルト研修留学から帰った直後だった。
ニューグルトは旅人の街として、学生が自立した生活を送りながら勉学に励むための練習として、数多くの留学プログラムが用意されている。ずっとニューグルトに興味を持っていたアレキスは、この留学をすぐに両親に相談し、なんとかお金をもらって留学へと行っていた。
留学では多くの旅人と共同生活をする。
その旅人の中には、並外れた超能力を持った優秀な騎士もいた。そのときのアレキスは超能力を持っていなかったが、「超能力は努力次第で身につけることができる」という言葉をかけられ、初めて騎士を目指すのだった。
「この留学で新しい道があることを知ったんだ。まだ超能力も持ってないし、成功できる根拠もない。でも、僕は夢のために頑張りたいんだ!」
「夢を否定するつもりはないけど、学校に行きながらでも騎士を目指せるんじゃないの?」
母が厳しい表情で言う。
17年育ててきて、いきなりこんなことを言われたら誰だって困惑し、怒りの感情を覚えるだろう。アレキスが学校を辞めることは絶対に許せなかった。
「学校に行けば1日のほとんどの時間が奪われる。騎士になるのに普通の学校に行く必要はないんだ。その夢ができた今、僕が学校に行くことに耐えられるとは思わない」
アレキスも決して意見を曲げるつもりはない。今までの人生の中で、最も固く、強い決意だった。
「超能力を得るなんて、ほとんど奇跡に近いことなの! 努力しても報われないかもしれない! それよりまずは学校を卒業してから──」
「僕の努力は報われる! 必ず!」
そこに根拠も何もない。自信と強い意志──それだけが彼を突き動かしていた。青い目は輝き、希望に満ちている。
「騎士はあんまりいい評判聞かないぞ。いろんなところに派遣され、命懸けでモンスターと戦わさせられる」
父親は普段何も言わない。好きにすれば、というのが口癖だ。
それなのに……それなのに……今回は直接的ではないものの反対している。
「アレキスを留学にやってよかったと思ってた。成長したなと思ってた。でも、それがこの結果。正直、がっかり」
母親の言葉がアレキスの心に突き刺さる。
心配されていることも、愛されていることもわかっていた。それ故の言葉だとも知っていた。
留学で親元を離れて生活をしたとき、母親がいつも面倒を見てくれていたことがいかに大変だったかを知り、感謝するようになった。
でも……でも…この大切な2週間を否定されたことは許せない。
優しく騎士の道を教えてくれたゼロックス、料理を教えてくれたメリッサ……この2週間で一生忘れられない友人ができ、さらに強い自分になれた。
悔しい。なぜだか強い感情と一緒に大粒の涙が洪水のように押し寄せてくる。
泣きたくない。
それなのに涙は止まらなかった。
「僕はなんと言われようと、自分を貫く! 心配も、不安も、失望も……本当に申し訳ない。それでも……僕は今すぐ夢に向かって走りたいんだ!!」
***
気づけば涙が頬をつたっていた。ポトッと、テーブルに落ちる。
「アレキス様、大丈夫?」
腕に抱きついているエルフの美少女が心配そうに聞いた。
「いや、なんでもない。僕の超能力の話は、また今度しようか」
「うーん、しかたないな~。いいよ♡」
「それじゃ、部屋に戻るから」
「さみし~」
完全にシラフに戻ったアレキスは、リリーの醉いように呆れた。同時に心配にもなった。こんな感じで酔ったときに、変な男に目をつけられたら……。
待て待て、と慌てて自分に言い聞かせる。勝手に妹のように思っているが、それは自分の心配するものではないし、余計なお世話だ。
「今日は食堂に僕しかいなかったからいいけど、明日からは人が増えるから気をつけた方がいいぞ」
「うん。でも、また話そうね」
アレキスが優しく頷く。
「あ、お客さんだー」
完全に酔っているリリーの視線の先にはセレナがいた。ふたりを睨んでいるようにも見える。
「なるほど、エナジーさんはそういう男だったんですね」
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