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昨日のことが思い出せないまま、オレは教室の自分の席に座ってホームルームが始まるのを待っている。
左ななめ前の宝多湊の席は、まだ空席。
珍しいこともあるもんだ。
いつもはオレより早く学校に来ていて、オレが席に座ると同時に振り向いて、満面の笑みで「おはよ!」と声をかけてくるのに。
中学生最初の夏休みの思い出について、たくさん語り合いたいと思っていたのに。
チャイムが鳴って先生が教室に入ってきたけど、湊は来ない。
挨拶の後、ノートを教卓に置いた先生は、重々しい声で言った。
「宝多湊くんが、昨日から、行方不明です」
「は?」
女性声優みたいに聞き取りやすいはずの先生の声が、オレの耳を通り抜けた。
思わず口から漏れたオレの間抜けな声に反応して、全員の視線がオレに集まる。
「上原くんは、何か知りませんか?」
「……え、いや、オレは何も」
「仲が良かったですよね?」
──仲が“良かった”なんて過去形で話すの、やめろよ。
でもその言葉は、オレの喉の奥に詰まったまま。
だってオレには、昨日の記憶が無いから。昨日、湊に何があったのか、オレには分からない。
でも実は、心当たりが一つだけある。
それは湊の持病のことだ。
どんな病状か分からないけど、「余命は8月31日まで」と言っていた。いつも元気そうだったから、ガンとか重大な病気ではないと思っていたし、嘘かもしれないと思ったこともあった。
だから考えないようにしていたけど、今、実際に湊がいなくなってしまって、動揺を隠しきれない。
「保護者の方と連絡を取り、警察にも捜査を依頼しているところです。皆さんの力も貸してください。何か思い当たることがある人は、どんな些細な事でもいいので私に言ってください」
先生はホームルームが終わると、足早に教室を出て行ってしまった。
その後の教室はお通夜みたいな状態になった。
そりゃ人が一人行方不明になったんだから、当然と言えば当然かもしれないけど、クラスの中心的な人物だった湊の存在感の大きさを思い知らされているような気がしてならない。
その後何人かがオレを心配して声をかけに来てくれたけど、オレが湊のことばかり考えていたから会話にならなかった。
──なんで湊は行方不明になった?
8月31日までの余命が本当だったとしたら、先生は「行方不明になった」ではなく「亡くなった」と伝えるはず。
──なんでオレは昨日の記憶が無いんだ?
湊はよく他人のものを盗むやつだったから、オレの記憶まで盗んで行ってしまったのかもしれない──なんて思ったりもしてみたけど、何か現実的な理由があるはず。
そもそもオレの記憶と湊に関係があるのかも分からない。
湊について知らない事があるのは嫌だ。
親友のことは何でも知っていたい。
昨日のことを調べたい。
そして、湊を連れ戻したい。
二時間目が終わってから、オレは仮病を使って学校を出た。
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