君が見ていた風景

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2学期に入って初めての週末、僕は肩掛け鞄を持って家を出た。家にいると母が話しかけてきて、それに答えることに脳のメモリを使いたくなくて逃げるように外出した。 家から遠ざかる事だけを目的に歩いていると、普段は立ち寄ることもないような家から少し離れた公園の広場に出た。広場では週末のフリーマーケットが開催されていて、一面にブルーシートの独特な青色が広がっていた。 色々な商品があるのに、どれもお金を出して買いたいかと言われると非常に絶妙なラインの商品が多い。僕は買いたい商品を探すよりも、それぞれの商品がどういった使われ方をして、どんな時間を持ち主と過ごしたのかを妄想した。 炭酸飲料の蓋にアメリカ映画のキャラクターがくっついている商品があった。今はもう見かけなくなった気がするが、小さいころに自分も似たものを買ったことがある気がする。ブルーシートの上で堂々としている蓋に乗ったキャラクター達は日の光を必要以上に浴びて、苦しそうに見えた。 見慣れた軍事用ヘリコプターのラジコンがフリーマーケットに並んでいることに気づいた。いや、正確にはラジコンそのものではなく、そこに座っている日によく焼けた細くて背の高い少年に見覚えがあった。公園でラジコン遊びをしていた一人だった。 少年は母親と一緒に座っていた。母親は白く透き通った肌の色をしていて、日によく焼けた少年とのコントラストが際立っていた。 ラジコンの横には少し古く見える家電なんかも置いてある。少しぼーっと眺めていると、少年の母親が僕に声をかけてきた。 「何か、興味あるものはありますか?ふふっ」 自分の家にあるものを売りに出す恥ずかしさが残っていた。少なくとも自分たちには要らなくなったものを他人に買ってもらおうという時点で、なかなか難しいことをやっている。 「このラジコンは2,000円でいいんですか?」 「1,500円でもいいですよ」 「じゃあ、ください」 値切ったわけでもないが、値札より安い価格でラジコンを手に入れた。ラジコンを買ったというより、彩と一緒にいた時間の一部を1,500円で買った気分だった。これを見上げていた時、僕と彩はまだ一緒にいた。 彩は東京にある大病院に入院するために、8月の下旬にこの町を出た。手術が上手くいくかどうか、絶望的でもなければ希望に溢れているわけでもない状況だと、彩は僕に言った。彩のお父さんは東京で転職先を見つける予定だから、手術が成功したとしても、町には戻ってこないかもしれない、とも。 8月の中旬に高校のクラス全員で彩を見送るパーティーが行われた。同時期に行われていた語学研修に参加していて、日本にいないメンバーだけを除いて。 僕は、僕以外のクラスメイト達がみんな参加する場になんだか参加したくなくて、親に頼んで語学に興味も無いのに語学研修に参加した。だから、何も身に付かずにお金と時間を無駄にして帰ってきた。 今思えば、オンライン通話の件を断られて自分に自信がなくなっていた部分もあったかもしれない。特別だと思っていたのはこっちだけだと明確に意識してから、自分に自信がなくなっていた。 意地を張ったことを後悔することを分かっていて、それでも意地を張る自分のどうしようもなさには溜息が出た。溜息が出るほどなのに、行動が伴わない自分の頭の中はどうなっているのか、我ながら分からなかった。人間の感情の源は、自分で把握すらできていないものに大きく影響されていると思った。
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