君が見ていた風景

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翌日、コンタクトレンズを付けた初めての学校生活は新鮮だった。校庭は思っていたより汚く、先生は思っていたより皺があって、体育の授業で誰かが投げるハンドボールの縫い目は頑張れば意外とよく見える。 その日の帰り道、僕はまた公園の広場で足を止めた。ラジコンは僕の家にあるので、もちろん少年たちの姿は無い。昨日いた老夫婦も今日はいなかった。 何も見るものがないので、広場の奥にある病院の窓に自然と注意が向いた。顔の表情までは見えないが、入院をしている患者とお見舞いに来ている家族や親しい人たちの姿がよく見えた。 昨日はもう遅い時間だったから見舞い客の姿は見えなかったが、この時間にはお見舞いの来客が多くいた。 きっと彼ら一人一人にとって、入院生活というのは人生の一番しあわせな時期ではないだろう。それでも、不安と共に過ごす時期に寄り添ってくれる人たちの存在から、ささやかな幸せを感じとれる人達は素敵だと思った。 病院の窓を見つめながら、もう自分の中で答えは出ていた。ここに2人で立っていた時、彩はラジコンなんて見てはいなかったのだ。 これから東京で経験することになる入院生活がどんなものになるか、この広場で病院の窓を見ながら想像していたのだ。病院での生活や手術が上手くいく確率、色々な分からないことがになった不安を胸に抱えながら。 彩から小さな拒絶を受けた日の事を思い出した。あの日、病院の窓から見える患者とお見舞いに来た人たちを見つめる彩に、僕は東京に行ってもオンライン通話を出来ないか、と尋ねた。彩は目線を動かさずに、「うーん、そういうコミュニケーションは苦手かも」と答えた。 その言葉に対して落胆していた僕はその意味をあまり深く考えなかったが、僕の言葉は彩に「もう面と向かっては会えないね」という意味に聞こえてしまったんじゃないだろうか。 あの日、振り返った彩の顔が魅力的に見えたのはなんでだったか。彩は笑いながら泣いていた。涙はこぼれそうでこぼれないくらいで留まって光を反射していた。断られて泣きたいのはこっちだと思っていた当時の僕は、彼女が泣いている意味が全く分からなくて、考えるのを止めていた。 彼女を見ているつもりで、彼女が見ていたものを僕は何も見ていなかった。 家に帰ると母が話しかけてきた。今日は母のかまってくる感じが丁度よかった。僕は母に冬休みに東京に一人旅をしたいと伝えた。母は不安がったが、僕が母に向ける眼差しがいつもより少し強いことに気づいたのか、仕事に出ている父に尋ねることなく了承してくれた。 部屋に入って、カレンダーを3枚めくって、冬休みが始まる日を確認して、丸を付けた。 僕は冬休みに東京に行って、彩に会う。こんなに簡単に会えるんだね、と驚いたような顔をして彼女に伝える。せっかく対面で会えるのだから、重みが感じられる熊のぬいぐるみか何かを持っていこうか。帰る時は明日の予定を合わせるみたいに、次のお見舞いの予定を伝えよう。 オンライン通話はやっぱりしたいけど、それは会った時に相談する。彼女は、テクノロジーがあんまり好きじゃないから。
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