君が見ていた風景

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「私は新しいテクノロジーなんていらない、レジには店員さんがいてほしいし、コールセンターに電話をかけたら、その先には人がいてほしい」 蝉の声にかき消されそうになりながら、彩がそう言った事を覚えている。 テクノロジーに対して、彩はいつも少しだけマイナスの感情を持っていた。マイナスと言っても怒ってるわけではなく、それは寂しいの方に近かった。特にコンビニのセルフレジのように人の仕事や生活を奪うものであった時は、その寂しさもより大きかった。彩は少し効率が悪いくらいに人の温もりを感じられる世界が好きだった。 僕はそんな彩のことが好きだった。 テクノロジーが嫌いなんて、もしかしたら現代の社会でお金を稼ぐには足かせになるかもしれない。彩が町の図書館の司書になったり、一旦テクノロジーから距離を取ったって、テクノロジーの方は、いや、それを使う人間たちはどこまでも彩を追いかける。きっとその度に彩は憤る。僕はそんな時、彩の時代に逆行したような文句を一番に聞きたかった。 ***** 9月に入り、高校では2学期が始まっていた。気温はまだ下がり切ってはいないけど、それでも滝のように汗が噴き出る季節は終わった。 僕の夏休みはオーストラリアでの2週間だけの語学研修以外に取り立てて何の意義もなく終わった。少しばかりの英会話フレーズを覚えている間に、彩は遠い地に引っ越した。 学校からの帰り道、僕はいつも公園の広場を眺める。1学期の頃はラジコンを操る少年たちが毎日、楽しそうに騒いでいたのを覚えている。もう飽きてしまったのだろうか。彩と2人で並んで、少年たちを見つめていたことを覚えている。 彩は、飛んでいるラジコンをドローンに見立てて、配達で生計を立てている人達の生活が奪われることを想像していたのだろうか。それとも、そんなことは全く考えていなかっただろうか。 公園で二人で足を止めていた時、僕は一度勇気を出して「彩が引っ越してからもビデオ通話をしないか」と言った。彩は目線をラジコンの方から離さずに、「うーん、そういうコミュニケーションは苦手かも」と答えた。 質問をしておきながら、拒絶されることに自分が備えていなかったことに気づかされた。僕の質問に答えてから振り返った彩の顔が今までで一番、魅力的に見えたことも印象的だった。 彩がいてもいなくても、自分の部屋のレイアウトや家具の色は何一つ変わらないはずなのに、それらは確実に別物に見えた。静寂は前よりも深く、夜は前よりも長かった。窓際に積んである英会話の教科書が時折通り過ぎる車の光に照らされて、表紙のキャラクターの笑顔が道化に見えた。 布団に入ってもすぐに眠りにつける事はない。最初は少しストレスだったけど、今はこの時間が自分にとって、必要なものになった気がする。色んな人や物を見てると、心がかき乱される。夜だけは、それらから距離を取れる。事態は何も好転しないが、逆に悪くもならない。この時間が毎日やってくることが、いつからか救いになった。
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