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やばっ、見失った。
酔っ払った小早川に絡まれて、つい目を離してしまったんだ。
その間に、戸部課長は煙のように消えてしまい…。
居酒屋から飛び出した俺は、艶かしい夜の街を駆け抜ける。
どこだ?
どこに行った?
ああやっていつも、飲み代だけを払って姿を消す。
こういうさり気ない紳士なところも、部下たちからの人望に厚い理由なんだろう。
しかし今日という今日は、どうしても課長に言いたいことがあった。
どうしても…と願いを込めたのが通じたのか、急に目の前に馬鹿でかい背中が現れる。
「か、課長!」
「…なんだ、鹿島か。どうした?」
振り返った課長は、酒など一滴も飲んでいないというような、涼しい顔をしていた。
下戸の俺のほうが、真っ赤なんじゃないか?
そう思うと恥ずかしく、すぐにも立ち去りたかったが…。
実は俺は、強面な戸部課長の『秘密』を知っている。
それも絶対に周りに知られたくない、とっておきのもの。実はバツイチだとか、大きな娘がいるらしいとか、そんな噂レベルのものじゃない。
きっと隠したいはずだし、誰も知らないはず。
弱味にも似た恥部を、俺だけが知っている優越感。
それらを総動員して、何事にも動じない課長と向き合う。
言え、言うんだ!
「──鹿島?」
言ってしまえっ!
清水の舞台から飛び降りる覚悟で──。
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