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翌朝。
「おはよう、香耶。……よく眠れたかい?」
「おはよう、お父さん」
父はWEBデザイナーの仕事をしている。ゆえに、会社に通勤せずに家でずっと在宅ワークをしている人だった。私が朝起きた時も、学校に行く時も、お父さんはずっと家から出ない。
私が記憶にないくらい小さい頃、お母さんと離婚したお父さん。裁判だと母親の方が圧倒的に有利、なんて話を聞くが、お父さんとお母さんの場合は“お母さんの浮気が原因”で離婚したということもあってお父さんの方が親権を取ることになったらしい。家にお母さんの写真は残っているが、当然表立って飾ってあるわけじゃない。以前お母さんのことを尋ねると、お父さんは寂しそうな顔をしてこう言ったのだった。
『ごめんな、香耶。本当は香耶も、お母さんがいた方が良かったと思う。だけどどうしても……お父さんは、あの人に香耶を渡したくなかったんだ』
お父さんのお姉さん、つまり伯母さん経由で詳細を聞いたところによると。お母さんは文字通り“母親であることより女であること”を優先してしまうような人だったという。あの人は親になるべき人じゃなかったのよ、とはっきり言っていた。離婚した頃は会社で仕事をしていたお父さんが、夜遅く家に帰ってきても私をほったらかして家にいないことが増えたお母さんに見切りをつけたということらしい。もちろん、お母さんが家にいない理由は仕事ではなく、男の人と遊んでいたからだったから、ということである模様。
無論、このへんの話はすべて、お父さんと“お父さんの味方であろう伯母さん”から聞いたものである。きっと偏った視点であるのは間違いないだろう。ただ事実としてお母さんは私が中学生になる今まで一度も家に電話も手紙も送ってきていないし、お父さんは家でできる仕事に切り替えた上で毎日買い物も家事もしっかりこなしてくれている。
誕生日を忘れたことだって一度もない。ものすごく愛されているという自覚はあるし、私もそんなお父さんが大好きだ。
大好きだからこそ、最近少し距離を置いてしまっている、というのはあるのだけれど。
「その、香耶。最近悩みはないかい?」
お父さんはテーブルに、私の為に作ってくれた朝食の目玉焼きとトーストを置きながら言った。
「最近、学校から帰ってきた時、楽しくなさそうな顔をしてるから。何かあったんじゃないのかなって」
「……気にしなくていいよ。大したことじゃないから」
「そ、そうか……」
私がそう返すと、お父さんはあっさり疑問をひっこめてしまう。いや、それでいいのだが。心配かけたくなくて、何も話していないのは私の方なのだから。
そう、お父さんに余計な負担はかけたくない。娘は明るく楽しく、友達と学校生活を送っていると思っていてほしい。友達付き合いがしんどい、なんて話。どうせお父さんにしたところで、何も解決することなどないのだから。
「いただきます」
食卓に座って手をあわせたところで、私はリビングに視線をやったのだった。
窓際のお気に入りスペースで、ぽんたろーも更に入れてもらったカリカリを齧っている。
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