<疑惑>依子side

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<疑惑>依子side

それはいつもの日常を壊すニュースだった。 昨夜多摩川の河川敷で女性の遺体が見つかりました。争った形跡がない為、事故と事件の両方で捜査を進めています。所持品から都内在住の本田遥香さんと思われ・・・ 本田遥香? 目の前でお椀を手に持とうとした夫の健一の手が一瞬止まりグラスに注いである麦茶に口をつけた。 平静を装ってはいるが飲み込む時に鳴った喉が予想以上に大きな音だった。 同姓同名? でも、健一の動揺の仕方が気にかかる。 私の知っている本田遥香と同一人物だろうか? 一瞬見えた現場の映像は、遠からぬ場所にありあの辺だと予測をつけられるような場所だ。 私は何も気付かぬ風で「結構近くだね」と言うと健一は「ああそうだな」と言ってテレビから目を逸らした。 そう言えば、昨夜はどうしただろう? いつもよりも少し早めだった? そもそもこの人の“残業”とか“同僚と飲み”とかって嘘ばかりだから。 昨夜は私よりも早く帰っていた。 本田遥香の死亡推定時刻はいつだろう? よくこの手の事件?事故?では訳のわからないような若い頃の写真が使われたりする。 学生時代の校則に則った洒落っ気のない髪型の写真だったり、どこから見つけてきたのかわからない盛り盛りのプリクラだったり。 まだ事故の可能性があるからなのか顔写真はテレビには映し出されていないし、あっさりとした報道だ。 これが殺人事件だと確定したならもっと騒ぎになるだろう。 「今日も遅いの?」 「ん?あ??いや」 心ここに在らずといった感じで慌てて返事をしているこの男は 古賀健一、31才。 中堅の賃貸保証会社に勤めている。 私は古賀依子、28才 親戚の不動産会社で事務兼取引主任士として働いている。 チェーン店ではないがもともと地主でもある親戚が経営していてオーナーのつながりで賃貸管理をしている堅実な会社だ。 そこに賃貸保証の営業に来ていた健一と出会い半年の交際ののち一年前に結婚をした。 健一の挙動不審が始まったのは三ヶ月前 食事の時もスマホを欠かさず見るようになり、帰りもいつも以上に遅くなるようになった。 何度か外泊もあり、こっそりスマホを確認すると浮気をしていることに気がついた。 最初はショックだったし、隠れて泣いていたが途中でそんな自分がばかばかしくなって社長である伯父に相談をしたら探偵を雇うお金を貸してくれた。 「今日はスマホを見ないのね」 「え?」 健一はグラスを手にすると一気に麦茶を飲む。 「いつも楽しそうにスマホを見てたじゃない。食事中だろうが何だろうが、私が声をかけてもめんどくさそうにしていたし」 「そんなつもりは無かった」 消え入りそうな声で答える。 「そういえば、靴が汚れていたわよ。泥?砂?磨いて置いたから」 なーんて嘘だけど。 そもそも、私だって仕事をしているのに、健一のシャツを洗ってアイロンかけて靴を磨いてそんなことを私にさせてこの男は浮気相手と楽しくやっていた。 健一を見るとグラスを持つ手が震えている。 「昨日は郊外に行ったから」 「郊外?そう言えば、さっきの多摩川って言っていたよね」 「それが?」 「別に、BBQとかしに行ったことがあったな〜って」 「そうだな」 「また行きたいけど、健一は会社に泊まらないといけないくらい忙しいしね。急にだよね?前はそんなことなかったでしょ?三ヶ月前くらいから?」 あんなに動揺してるなんて、あの感じだと本当に多摩川に行ったのかもしれない。 「何が言いたい?」 「別に(あんたが女を殺したんじゃないの)」 「会社に行く、山を越えたから遅くなることはないと思う」 「そう(会う人を殺したから)」 健一が出ていく姿も見送らずにクローゼットに向かうとそこに入れておいた書類を持って戻ってくる。 「はぁ。もっと早く行動をとればよかった」 書類は興信所からの健一の浮気に関する報告書と、伯父や従兄に手伝ってもらった資産計算、これは結婚してからって言ってもたったの1年だけどその預金とマンションの評価額、慰謝料の計算。私の分は全て記入済みの離婚届と今日送ってこようと思っていた内容証明。 内容証明の宛名は本田遥香
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