魅了

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「あー、いるよね。あたしの友達でもいるもん。学校で会えるんだから毎日連絡とか取らなくてもよくない、みたいな」 「そう、まさにそのタイプなんだよな。相手はそれでいいんだと思うし、おれは相手に無理をさせたくないから何も言わないけど、やっぱり、ちょっとな。モヤモヤはするんだよ」 「へえ。ユウくん、優しいんだね」 「本当に優しいかどうかは分からんけどな。今の彼女が初めての恋人だから」  頭の後ろに手をやりながら、ユウくんの視線は今も空に瞬く星のほうを向いている。  あたしはその視線をどうにか、自分のほうに向けてやりたかった。  でも、別に今すぐユウくんの彼女に成り代わってやりたいとか、そういうことではなく。  あなたが思ってるより世の中広いんだぞってわからせてやりたい。確かに今のあなたを取り巻く環境は多少、需要と供給がアンバランスだけど。女の子だって世の中にたくさんいるんだよ。至るところに。あぁ、灯台下暗しってことわざ、理系には難しかったですか?  いずれそうやって気づいたとき、ユウくんはあたしを選んだりしてくれないだろうか。  今はとりあえず、そんなタネだけを植えておこうと思ったのだった。 「ユウくんさ」 「なんだよ」 「相手のことを思うからこそ、正直にぶつかってあげたらいいと思うよ」 「……」 「()()()()で済ませちゃうと、その瞬間はうまくやり過ごせても、絶対どこかで歪みが出るんだよ。現にユウくんだって、いまモヤモヤしてるんでしょ?」  ユウくんは答えなかった。あたしはお構いなしに、静かに、そして確実に距離を縮めていくことにした。 「ただの恋愛だとしても、対人関係のひとつだもん。お互いに相手を思いやれなかったら、うまくいきっこないの」 「亜未もなかなか言うね」 「誰にでもこんなこと言うわけじゃないよ。あたしだって、さっき言った友達にはいちいちこんな話したりしない。ただ――」  言葉を切った。ユウくんは「ただ?」と、続きを求めてくる。その反応すらも、あたしが読み切っていたということを知らないまま。 「――ユウくんなら、もっと肩の力抜いて恋愛楽しめるんじゃないかって思っただけ。それが今の相手なのか、違う人なのかはわかんないけど、できるんじゃないかなって思うよ。ユウくんいい人だし、イケメンになったもんね」  ユウくんは「それ関係あるのかよ」と笑っていたけれど、あたしが「あるよ」と即座に打ち返したら、息をひとつついたあと、あたしのほうに視線を向けてきた。  かっこよくなったけれど、今は安堵に目尻がたれて、やっぱり昔の垢抜けてないユウくんの面影が少しだけ見えていた。 「まさか、亜未からそんなご教示をもらえるとは」 「あたし英語はできないけど、こういうことならユウくんより勝ってるからね」 「ってことは、彼氏は?」 「残念でした、いないよ。最近振られたばっか。だから余計に言いたくなったっていうかさ」  彼氏がいないということ以外は、ぜんぶ真っ赤な嘘だった。でも、今のユウくんがそれを見抜けるはずがないことくらい、あたしもよく分かっている。 「……なんか、亜未のおかげでちょっと気持ちが軽くなった気がするな。今日はありがとう」  ユウくんは照れくさそうにそう言うと、さて亜未をそろそろ帰さないと怒られそうだな、なんてわざとらしく言いながら車に戻っていった。    風が少し冷たくなってきた。季節が移り変わっていく気配を感じる。  季節と同じように、人の心もまた、うつりゆくもの。  これは略奪ではなく、あくまで可能性の提示だ。ああ、いいねえ、この言葉遊び。  こうして広がる星空のような世界から、あなたがあたしを選び取ってくれる日が、いつか訪れますように。  流れてはいないけれど今も瞬く星々たちにこっそりと祈ってから、あたしは小走りでユウくんの車に戻った。 *end*
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