魅了

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 *  この街で過ごす最後の夜、ユウくんはあたしを街外れにある山の展望駐車場に連れてきた。星が綺麗に見えるのだという。確かに郊外まで出れば街の光が届かないし、空気もある程度澄んでいる。それは確かに理にかなっているが、スマートフォンを使ってそこの地名で検索をかけてみたら、地名のあとに「ナンパ」というキーワードがサジェストされたのだけが気にかかった。  まさか、ユウくん、あたしのことをどうにか手籠(てご)めにしてやろうとか思ってないよね。いやあ流石にそれは(おご)りすぎだろとは自分でも思ってるんだけど、あたしも一応いい年頃なわけでして、ユウくんもいくら()()()とはいえ男性であることには変わりないですから? 何が起きてもおかしくはありませんよねキャー、などと誰かに同意を求めつつ出かける準備をして家を出てきた。  駐車場に車が滑り込んで、あたしが車を降りたと同時にエンジンが止まった。ヘッドライトが暗く沈黙すると、星空の仄明るさが一気に優位に立つ。あたしの普段暮らす街では、おいそれと眺められそうにない景色が広がっていた。  しばらく、柵に身体をもたれながら、ユウくんと二人で夜空を見上げた。ふわりと風が頬をなでるたびに、ざわざわと木々の葉が揺れる。それを何度繰り返したか数えるのが億劫になって、あたしのほうから口を開いた。 「ユウくんさあ」 「ん」 「そんなにかっこよくなった今は、彼女、いないの」  すぐに返事はなかった。  いないなら即座に「いない」って返ってくるはずだしなあ……と半ばあきらめてはいたけれど、地球の裏側と通信しているのと同じ速さで「……まあ、できた」というユウくんの返事が返ってきた瞬間、あたしはこの街に来た初日から密やかに育ち始めていた気持ちが、線香花火の最後みたいにぽたりと落下してゆくのを感じた。いや、夏の終わりと同時に生まれて、あっという間に散ったという意味では、打ち上げ花火のほうが近いかもしれない。  いるんなら、あたしみたいなガキじゃなくて、もっと彼女の相手をしてあげなさいよ。もし彼女がいたならそう顔面に叩きつけてやろうと思ったのに、現実には何も言うことができなかった。そもそもいとこに一目惚れしてしまった時点で、あたしの負けだ。恋人同士ならうまくいっていても、家族になった瞬間ギクシャクするのなんて「あるある」だと思うし。しかも、始まりが親戚同士じゃなあ。  全部終わってもいないのに、勝手に反省会を繰り広げてしまうのが悪い癖だという自覚はある。でも、今はそうせざるを得ない。というか、これは厳密に言えば告白でもなんでもなくて、勝手にあたしが事前調査時点で負けた気持ちになってるだけだ。一番情けない。だっさ。 「でもさ」  あたしが言い訳とも反省ともとれる自問自答の中にいたら、ふいにユウくんが呟いた。 「でも?」 「あんま、うまくいってない。おれは恋人とはできるだけ会いたいけど、向こうはそうでもないみたいでさ」
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