白露の後悔は睡魔と共に

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 暦の上では処暑を過ぎたものの、相変わらずエアコンが恋しい今日。とはいえ茅蜩よりも金鐘児やら松虫の音が聞こえるようになり秋の足跡が近づいてきている。 「それにしても……これは溜めすぎたな」  手元を見れば見覚えのある夏季課題。正確に言うならば提出日がまでの溜めに溜めた夏期課題。  ここまで溜めてしまうと、始業式前日の小学生宜しく模範解答を書き写さねば到底間に合わず、翌日から腱鞘炎(けんしょうえん)に悩まされるのは間違いない。  その時点で憂鬱だが、それに加え苦手どころか嫌悪の域に達した物理の課題に関しては模範解答が開示されておらず、渋々自力で解く羽目になった。 「あ、玲さん三問目から全然進んでないじゃないですか!」  そう美咲ちゃんに言われるが、仕方ない。なんせ物理に関しては前期の中間は辛うじて赤点を免れたが、期末に関しては赤点どころか青点を取りお情けで単位を貰った体たらく。や、物理基礎の時点で赤点スレスレだったし予想の範疇ではあるけど。なんちゅーか情けないと思いました。 「美咲ちゃん……朝日の解答見せてください」  平身低頭。こないだ見た謝罪の王様を参考に二十秒ほど頭を下げてみたが、大して効果はなさそうだった。 「え……だ、ダメです! 夏休みの宿題はちゃんと自分でやらなくちゃ!」  頬をぷくりと膨らませながら美咲ちゃんが文句を言ってくる。まぁ、そうなんだけども……。かといって自力で解いてたらどう見積ってもあと一週間はかかる。となればどうにか屁理屈捏ねてでも美咲ちゃんから朝日の課題を写させてもらうしか無い。  俺は短く溜息を吐くと 「そいや、朝日(あいつ)俺に英作文やらせてたけど……」 「えーっと、それなら渡してもいいのかな?」  数瞬首を捻っていた美咲ちゃんは、のそりと自室から出てきた朝日に駆け寄るや否や咎めていた。その際朝日の答案はひらりと舞い、これまで沈黙を貫いていた真希ちゃんの元へ滑り込んだ。 「……いや、あの。別に丸写しするわけじゃ無くてですね」 「……」 「解法が合ってるかなとか確認的なサムシングというか」 「……」  真希ちゃんから向けられた凍てついた視線に俺は顔を逸らす。風呂を出たばかりだというのに背にはびしょりと冷や汗を掻いていた。 ※ ※ ※  課題を始めてから数時間が経った深夜。女性陣はすっかりと寝静まり、リビングには未だ課題の終わっていない俺と夜食を作り始めた朝日だけがいた。 「あとどれくらいで終わる?」 「あー、たぶん後五分くらいで終わると思う……さっきまでと違って写してるだけだし」 「あーね、流石に青点(再テスト)があの量の問題を数時間で熟せるとは思えなかったし」 「……だよな。そう考えると夜中も見張られてなくてよかったとしか言えない。……と終わった」  たぶん明日が始業式でなければ彼女達は俺らの事を見張っていたに違いない。たぶんだけど絶対にだ。 「おー、お疲れ。玲の分もこれから焼くけど食べる?」  そう言い見せられたホットケーキはブルーベリーやラズベリーが乗った小洒落たもので、甘味好きの美咲ちゃんにバレたら少々面倒なことになるとは思いつつも、俺は即座に食うと返事をした。
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