経歴

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「僕の出身は、愛知県海部郡飛島村 大字飛島新田 字竹之郷ヨタレ南ノ割です」 「早速長いなあ」 「今はもう少し短いですけどね」 「村っていうと山奥か?」 「いえ、名古屋市の隣です」 「え、なら都会じゃないの?」 「とんでもない。都会っぽいものなんて何も無いです。鉄道が通ってない上に、国道23号線はよく渋滞してる。名古屋へのアクセスは良くないです」 「あの辺は埋立地が多そうだな」 「そうなんです。だから栄えてるものも自然も無い。農地と工業地だけが広がってて、僕にとっては何一つ魅力の無い村でした」 「でもその村で育ったんだろ?」 「その期間は短くて、両親の離婚の関係で、僕が小学生の頃、四国に在る母の実家に引っ越すことになりました」 「おお、かなり鹿児島に近付いた」 「母の実家が在るのが高知県宿毛市草木薮で、通っていた小学校が、愛媛県南宇和郡愛南町正木に在る、高知県宿毛市 愛媛県南宇和郡愛南町 篠山小中学校組合立 篠山小学校です」 「高知か愛媛かややこしいなあ」 「そして中学校が、高知県宿毛市 愛媛県南宇和郡愛南町 篠山小中学校組合立 篠山中学校です」 「持ち上がりなら2度も正式に言わなくていいよ」 「田舎で暮らし続けて思ったんです。僕もいつか都会に出て華やかな暮らしをするんだって。それで高校で猛勉強して、京都の大学に進学しました」 「まさか京大?」 「いえ、同志社大学 社会学部 産業関係学科です」 「どうしてもフルで言わないと気が済まないのか」 「そして大学卒業後、そのまま京都の漬物屋さんに就職しました。京都府京都市東山区三条通 南裏二筋目 白川筋西入二丁目 南側 南木之元町にある田中漬物舗です」 「出た、京都の通り名」 「でも、働いてるうちに思っちゃったんですよねえ。コセコセしてるのが嫌になって、働くなら田舎の方が良いのかなって」 「奔放な奴だなあ」 「あと、フェーン現象で、夏場は都会って簡単に猛暑になるじゃないですか? 田舎は涼しかったので暑いの苦手なのもあって」 「で、次はどこ行ったの?」 「秋田県北秋田郡上小阿仁村 大字沖田面 字小蒲野下タ川原に在る秋田畳業組合所属の有限会社村田建装に就職しました」 「鹿児島が一気に遠退いた」 「でも豪雪が無理で、やっぱ南国にしようと思いました」 「秋田に行く根気あったんなら、もっとリサーチしとけよ」 「このままフラフラしていたらヤバいなあと思ったんで、一念発起して安定している公務員になることにしました。あんまりどこも気に入らなかったんですけど、田舎と都会の丁度いい塩梅そうだったので、鹿児島県志布志市志布志町志布志の志布志市役所志布志支所渋々志望でこちらに参りました」  やっぱ「シブ」が多い気がする。 「転勤族ですが、これからもよろしくお願いします」 「転職繰り返してる奴は転勤族って言わねえよ」 「そんな感じで各地を転々としてきたんで、全然転勤OKと伝えたら受け入れてもらえました」  志布志なんて地名はかなり特徴的だと思っていたけれど、色々聞いているとそんなのは霞んでくる。日本にはそんなに長い地名が幾つもあったことに驚きだ。 「愛知生まれで、高知愛媛育ち、京都に進学就職して、秋田と鹿児島に転職ってわけか。で、纐纈くんがこれまでで一番住みよいと思ったのはどこなの?」  彼は宙を見つめて考えた。 「色々文句は言いましたけど、どこにも良いところはあるわけですよ。飛島村は日本で一番財政力が高い自治体ですし、高知愛媛は自然が豊かで景色が良い。京都や秋田には日本の伝統文化が根強く残っていました。日本各地の良さを知ることができたから、こうして各地を転々としてきたことも悪くない。長ったらしい地名にも、沢山の意味が凝縮されているんだと考えられます」  纐纈は物思いに耽るようにそう言った。気にしたことはなかったが、そう言われると、ここ志布志の地名由来も気になったきた。 「九州は美味しい物や見所が沢山有ると聞いているので、休みの日にでも観光してみたいなと思ってます」 「俺はここの地元民だから、何かあったら聞いてくれ。お薦めとか教えてやるからさ」 「ありがとうございます」  修学旅行くらいでしか俺は九州を出たことがないが、纐纈の話を聞いて、俺も日本各地の事を知ってみたくなった。俺の方もいつか、纐纈に観光案内をしてもらおうかな。 「そんなわけで、僕のこのめんどくさい名前にも、いつしか愛着が湧いてきたんです。何か深い意味があるんだろうなって」 「親に聞けばいいんじゃねえか?」 「離婚してるんで、あんまり昔の話には触れたくないんですよねえ」 「実家には帰ってるのか?」 「ここに来る前に愛知県海部郡飛島村竹之郷8丁目に寄って、父に会いました」 「また南ノ割まで言うのかと思った。現在はそうなってんのね」 「今度の連休には母にも会う予定です。四国が近くて良いですね」 「鹿児島と四国を近いって思えるんだ……」 「気が向いたら母に聞いてみますよ。纐纈優靏の由来を」  纐纈優靏。姓名は漢字で書くと脅威的だ。正直、その煩雑さに憧れすら覚える。俺の簡素な名前とは大違い。 「田中一さんって、それ本名ですか?」 「……本名だが?」 「もっとこう……無いんですか?」 「無えよ。お前が特殊過ぎるんだ」 「ふうん……」  何の変哲も無い名前だろ。何で納得行かない顔してんだよ。 「……喧嘩売ってんのか?」 「いや、色んな名前があるんだなあ〜って」 「こっちのセリフだよ!」  こんなありきたりな名前で珍しげに言われるとは思わなかった。
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