0人が本棚に入れています
本棚に追加
蓋を外すと、そこには白色を基調として、数匹の赤い金魚の描かれた風鈴。
「ちょっと、失礼します」
そういって笠が風鈴に右手でそっと触れた瞬間であった。
風鈴から蚊取り線香の煙のような白い靄が、発光を伴いながらゆらゆらと立ちのぼる。
どこか神秘的な光景に驚き、開いた口のふさがらない私の前で、やがて靄は徐々に一つの塊に変わっていき、五歳ほどの幼い少女の姿に変化した。
少女は、風鈴の柄と同じ、白地に金魚の姿が描かれたワンピースを着ている。
「付喪神」
落ち着いた静かな口調で笠が続ける。
「日本では、古来より大切に使われていたものには神様が宿ると言われています。僕は、そんな付喪神の姿を見ることができる。カフェで、あなたの傍にこの子の姿が見えたんです。付喪神が宿るものに触れれば、その姿をほかの人にも見せることができるし、話をすることもできる。この子の声はあなたには聞こえないけれど、あなたの声はこの子に届きます」
宙を浮遊するその少女は、目尻に涙を浮かべ、とても寂しげな表情を浮かべてこちらを見下ろしていた。
「そっか、私が風鈴のことを忘れていたから、私が思い出すように音を鳴らしていたんだ」
私のつぶやきに、少女が小さく首肯する。
「ごめんね、私が忘れていたから……」
今度は、少女は小さく首を横に振る。
口を動かし、何かを伝えようとしている。
「また会えてうれしい、って言っています」
少女の声の聞こえない私に、笠が通訳をしてくれる。
「さて、では、ここからが僕の仕事です」
そういって、笠は少女のほうに右腕を伸ばす。少女もまた、その小さな手を伸ばし笠に触れた。
「風鈴の付喪神は、夏以外の季節は眠りにつかなければいけない。もしも、適した時期以外に顕現しようとすると、悪いものに変質してしまうかもしれない」
笠の声はとても穏やかで、少女を優しく包み込もうとしているように思えた。
「……だから、次の夏までおやすみ」
彼の声に誘われるように、少女の身体が柔らかな光を放ちながら、今度は先ほどの逆で徐々に輪郭を失い白い靄となり、風鈴の中に吸い込まれていった。
最初のコメントを投稿しよう!