1.

2/2
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
 ********** 「おっ! ここまで全問正解か。やったぜ!!」「お静かに」  空気を読まず快哉(かいさい)を上げる柴本に、監督官は眉間にしわを寄せて咳払いをした。  彼らの後方では、既に三回のチャンスを失った受験者ふたりが、肩を押してとぼとぼとした歩みで出口に向かっているところだった。大柄な熊族(くまぞく)と小柄な鼠族(ねずみぞく)。鋭い嗅覚を持つはずの者達が、容赦なくふるい落とされてゆく。  今や、広く殺風景な講堂に残っているのは、監督官と柴本だけであった。  鋭く確かな嗅覚を持っていることを証明する国家資格、嗅覚判定士(きゅうかくはんていし)。  資格を持つ者の大半は獣人だ。その例に漏れず、柴本もまた犬狼族の獣人である。  身長一六二センチ体重七八キロのこの男は、柴犬なる系統に属する。ボルゾイ系の監督官とは違い、この国で生まれた獣人としてはよくある感じの見た目だ。三角耳にくるりと巻いた尻尾。  もう少し付け加えるとするならば、先祖にコーギーの血が混じっていることによる胴長短足かつ寸胴な体型あたりか。 「まだ半分残っていますよ」「うっす」  判定済みのキューブを台の上から片付けながら、痩躯のボルゾイは続けた。  試験に失敗したふたりが完全に退出したのを見届けてから、キャスター付きワゴンの棚から樹脂製のトレイを取り出し、柴本へと差し出す。  トレイの上には二五個の白い立方体が載っていた。一辺の大きさは二センチくらい。色も質感も掃除に使うメラミンスポンジによく似ている。  それらは臭紋(しゅうもん)キューブと呼ばれ、匂いを染み込ませて記録するために嗅覚判定士たちによって使われている。殺人事件の現場に残された犯人の痕跡をたどるために、あるいは即品の偽装や異物混入の可能性を調べる用途に、資格保持者ともども様々な局面で活躍している。 「五つ選んでください。合図があるまで絶対に鼻を近付けてはいけません」「へーい」  キューブの見た目はどれも同じだ。柴本は直感にしたがい、薄手の手袋をはめた手で二五個のなかから五個をつまみ取り、小さなトレイに移し替えた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!