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 匂いを軽く覚えるだけに留め、すぐにケースを机の上に戻す。長時間匂いを嗅ぎすぎると鼻が慣れてしまい、キューブに染み込ませてある匂いを嗅ぎ分けるのは難しくなってしまうと、柴本は教えてくれた。  サンプルの匂いを思い出しながら、キューブの一つを手にとって鼻を近付け、スーッと息を吸い込む。  雑匂(ノイズ)が多い。柴本は思わず顔をしかめた。 「うわ、これうるせぇな」「お静かに! 私語は減点しますよ!」  口の端を引きつらせた監督官が、先ほどより強い口調で言い放った。 「えぇー!? そんな決まりありましたっけ?」 「たった今、決めました。ひとつ。私語は減点対象。ひとつ。監督官(わたし)の言うことは絶対。以上」 「横暴だー! 理不尽だ-!」  ブーイングを飛ばす柴本に対し、ボルゾイの美丈夫はすかさず 「ハイさっそく減点一! あと二回♪ あと二回♪ ……うるさい!! 手拍子すんな!!」  ちょっとおもしろくなってきたのか、節を付けて(はや)すような調子で言う。そこに合いの手を入れる柴本に鋭い突っ込みを返した。  氷のような冷たさ鋭さが先立つ見た目に反して、プライベートでは意外と陽気な人柄なのかもしれない。それが柴本による彼に対する人物砲であった。確かに、五問の時点で全問正解しているところを指して「チャンスは残り三回」などと表現するあたり、独特の、ひねくれているとも言えるユーモアのセンスを窺うことができた。  なお、柴本は一緒に酒でも飲んだら面白いだろうなとも言っていた。が、この掴みどころのない美男が、仕事の延長上にある飲みニケーションも楽しめるタイプかについてまで、今ひとつ想像が及ばない。  また話が逸れるところだった。  五つのキューブのうちひとつは、酷いノイズが込められていて、調査対象である大麻の匂いを嗅ぎ分けることは難しいように思えた。が、業種を問わず実際の現場では、様々な匂いが入り乱れた中から目当てのモノを嗅ぎ分ける技術は必ず求められる。  キューブを鼻に近付け、嗅覚を研ぎ澄まさせるべく目を閉じてから息を吸い込む。  そうして、まぶたの裏に匂いにもとづいて風景を描き出すことを試みた。
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