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 紙と枯れた草が焼け焦げる、甘苦い匂い。  これはタバコだろう。柴本はそう仮定して――いや違う。甘さと青臭さが入り混じる特有の香気いや臭気。大麻だ。このキューブは"クロ"だと確信する。ジョイントと呼ばれる紙に巻いたタイプ。そういう設定で作られているらしい。それだけ分かれば試験への回答としては充分だった。が、出題者はより多くの情報を込めているようだ。  単に受験者を困らせる訳ではない。そんな気がした。  自らの嗅覚(はな)を頼りに、匂いという字の無い手紙を読み解いてゆく。その確かさを示すのが嗅覚判定士の資格だ。ならばこそ、目の前に置かれた手紙を一字一句に至るまでつぶさに読み取るのが役目であろう。  そう考えた同居人は、手紙の差出人――この場合は問題の出題者――が何を込めたのかを知るべく、今ふたたび息を吸い込んだ。  甘ったるい煙の奥、人影が浮かび上がる。脂じみた、きつい体臭。獣人だ。大柄な犬狼族か。いや違う。熊族。男だ。風呂に入っていない日数は数日どころじゃない。  むせかえるような雄の臭いで自分の弱さを覆い隠し、精一杯の虚勢を張る。見苦しく野暮ったい、けれども何としても己を貫かんとするところに、どこか気高さや美しさに似た気配を感じたとも語ってくれた。それがかえって、物悲しさを一層際立たせていたと。  大麻と酒に溺れるしかなかった哀れな男。もしかしたらこれは、出題者がよく知る――そしてもう二度と会えない誰かの姿だろうと柴本は思った。まぶたの奥に悲哀と絶望の臭気を帯びた顔が、ゆらめいて映る。呼びかけようとしたところで幻は終わった。 「大丈夫ですか?」  肩を叩かれて柴本は我に返った。 「え、……ああ」  ぼんやり開けた目の先で、ボルゾイの細面(ほそおもて)が心配そうな表情で見下ろしている。 「かなり時間をかけましたね。五個すべてを嗅ぎ分けなければ点数にはなりませんよ」 「分かってます。受けるのはこれで三回目なんで」
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