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 一つめのキューブを"該当"のトレイに置いてから二つめを取って匂いを嗅ぎ、手早く"非該当"のトレイに移した。  今度はあくまで流れ作業で、サンプルの匂いだけを選んで嗅ぎ分けた。 「急ごうと思えば出来るんですね」  呆れと関心いずれともつかぬ声の監督官に、柴本はキューブを検分する手と鼻を止めぬまま言葉を返す。 「さっきのは手紙みたいだったもので」「試験問題がですか?」  切れ長の目を光らせて自分を注視する監督官を意識しながらも、作業の手と鼻は休めない。三つめは"該当"。   「単なるノイズにしちゃ訴えてくるっつーか。上手く言えねぇけど、そんな気がしたんです」 「ふむ、興味深いな。伝えておきましょう」  端末を手に取ると何かを入力し、ふたたび机の上に置いた。四つめは"非該当"。 「で、その手紙は泣くような話だったんですか?」  五つめを"非該当"に置く赤毛の受験者を横目で見、時計を確認しながら監督官は疑問を口にした。  指摘を受け、柴本は目元をひとすじ伝う涙を太短い指で拭い 「花粉症かな。同居人がそりゃもう酷くって」 「うつる病気じゃないですよ。あ、今回も正解です。おめでとう」  "該当"と"非該当"のトレイそれぞれを判定台の上に乗せ、どこか嬉しそうに声を弾ませながら続けた。 「七問目の前に、ひとつだけ忠告を。他人に深入りし過ぎるのは良くありませんよ。匂いは文字や言葉よりずっと強く、心を引っ張りますから」 「分かってます。でも性分なんで」  口吻(マズル)の短い仔犬顔(どうがん)に、三〇代半ばの男相応の笑みを浮かべて言葉を返し、それから思い出したように 「そういや、無駄話は減点でしたっけ?」「不問にします」  七問目のキューブを載せたトレイをワゴンから出しながら、淡い毛色の監督官は柔和な笑みを浮かべた。
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