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 続く七、八、九問目は難なく突破したようで、特にこれといって話はなかった。  最後一〇問目は先ほどとは違う意味で難関だった。 「今、選んでいただいた五つのキューブはカレーパンの匂いを封入(ふうにゅう)してあります。製品に異物混入がないかを検品していただくのがあなたの役目です」  中にカレーパンを入れたプラスチック容器が置かれるのと同じタイミングで、柴本の腹の虫が盛大な鳴き声を上げた。 「食べちゃダメですよ」「いや、ケース割らなきゃ食えないでしょ?」  通気孔の開いた容器を手に持って鼻に近付けたとき、また腹の虫がしっかりと主張したのだった。  サンプルの匂いを覚えたのち、五つのキューブのうちひとつを手に取る。匂いを確かめるとスパイシーな香りのなかに、かすかに機械油と錆びた金属の匂いを感じた。"該当"のトレイにキューブを置く。二つめ、三つめのキューブは異常なし。"非該当"。  四つめを鼻に近付けて息を吸い込む。違和感に首をかしげる。  左手にサンプル、右手にキューブを持つ。まずはサンプルの匂いを嗅ぐ。  こってりと美味そうなカレーフィリング。それにイースト発酵させた小麦粉の生地を油で揚げた香ばしい匂い。  口中に溢れそうになる(よだれ)を、ごくりと喉を鳴らして飲み込む。  続いてキューブを鼻に近付けた。こちらもカレーフィリングとパン生地以外の匂いはない。けれども何か違う。揚げ油の匂いがしない。それにカレーに使われているスパイスの配合が少し違う。 「質問、いいですか?」サンプルを置いてから片手を挙げる。が 「キューブの内容についてはお答えできかねます」「ほい、了解」  少し迷ってから異常あり、すなわち"該当"のトレイにキューブを置き、五つめを手に取った。  かすかだが、有機溶剤の臭気を鼻の奥に感じた。農薬の混入か。気付かずに出回れば大変な騒ぎになりかねない。今度は迷わず"該当"のトレイにキューブを置いた。 「時間です。そこまで」痩せたボルゾイ系の一声を合図に、試験は終わった。 「おや? 今回はダメでしたね」  判定台に載せたキューブを見て、ボルゾイの監督官は少し驚いたような声を上げた。  "該当"のトレイに載せた三つのキューブのうち、ひとつが光らず白いままだった。 「あー、やっぱり」「今度は何に気付きましたか?」  ふたたび、黒目がちの目を好奇心にきらめかせながら自分を向くのに柴本は 「カレーのスパイスがちょっと違いましたね。なんか足りてなかったり、多かったり。あと、パン生地。これ焼いてますよね。揚げ油の匂いがしなかった」 「では、それも出題者に伝えましょう」  机の上に置いた端末を手に取り、フリック入力で何事かを打ち込みながら言う。それを今度はジャケットの内ポケットにしまい 「採点と合否の判定を行います。水分補給やお手洗いは自由としますが、三〇分後には戻っているようにしてください」 「へーい」    使用済みのキューブを載せたワゴンを押しながら、監督官は講堂から出ていった。長く柔らかそうな毛に覆われた尻尾がゆったり大きく揺れながら遠ざかってゆく。柴本はそれぞ欠伸(あくび)混じりに見送った。
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