あす、夏に会いましょう

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 塾に着く頃には涙は乾いていた。玄関でスリッパに履き替えながら、日常に帰ってきたことを悟る。悲しくて、でも、絶望なんてものはこれっぽっちもしていなかった。  「お疲れ〜」  「お疲れ様」  「結局今年、夏らしいことなんも出来なかったなぁ」  「夏期講習、ほとんど毎日あったからね」  例のタイムリープものにハマっていたらしい男の子に声をかけられたので、話しながら脱いだ靴を靴箱に入れた。思えば彼のせいであらぬ方向に思考が飛び、振り回されたような気もする。  「あのさ、私やっぱり未来にしようと思う」  「え、なんの話?」  「この前、行くなら過去か未来どっちがいいかっていう話、みんなでしたでしょ?」  「あー、そういえば。で、なんで変わったの?」  「未来に楽しみが出来たから、かな」  私の答えに、彼は困惑を隠そうともしない表情のままスリッパに履き替えた。対して私の心は穏やかだ。ある種、過去だとか未来だとかについて考えるキッカケをくれた彼に、涙を乾かすために寄ったコンビニで買ってきたグミを二粒くらいは分けてあげようかな、なんて考えられるくらいには。レモン味、好きかどうかは分からないけれど。  「……よく分かんないけど、なんかいいことでもあった?」  「うん。落ちている蝉の抜け殻が傷付けられないように、安全な場所に運んでやれるくらいにはね」  いつの間にか、蝉の声はもうあまり聴こえなくなっていた。  夏の終わりがすぐそこまで来ている。だけどそれは、次の夏が近付いてきているということなのだろう。  私の記憶の中、そして未来にも、夏はいつだって、爽やかな潮の匂いで満ちている。
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