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メェちゃんこと国崎巡は中学時代のクラスメイトである。
年中無休、二十四時間営業できれいに整ったボブヘアを維持するメェちゃんは、女子ソフトボール部に所属する活発女子で、合唱コンクールでは三年連続ピアノ伴奏を担当。聡明かつスポーツ万能、容姿端麗、そして何よりお調子者な彼女は、その気さくな性格から男女共に好感度の高い人物であった。
当時、異性を必要以上に意識してはあらゆるシチュエーションで痛い目に遭ってきた僕のような生徒にもメェちゃんは、ほかの生徒らと同様、対等に、ナチュラルな態度で接してくれた。そんな彼女とは中学卒業後も友人関係が続いた。一緒にどこかへ出かけるようなことさえなかったけれど、年に一度か二度メッセージアプリでもってやり取りを交わしては、他愛ない話で大いに盛り上がった。
一切の交流が途絶えてしまったのは、僕が東京に住居を移してからだった。大学生になったばかりの僕は、新たな人間関係の構築であったり周囲の環境に溶け込むことに精一杯だったわけで、それはきっと地元の四大に進んだメェちゃんも同じだった。
というわけで今、僕たちは何年かぶりの再会を果たしている。
「──そんなこともあったけ」
どこかしみじみとした口調でつぶやくと、ギャルメイクはその高々とした鼻から積乱雲ばりの呼出煙を吐き出した。
数分前、これから休憩だというメェちゃんに連れられてやって来たのは、店舗裏手に設えられた簡易喫煙スペースだった。唸りを上げる小汚い室外機のそばにはアウトドア用の折り畳みチェアが二脚と、焼けたアスファルトに直置きされた灰皿代わりのクッキー缶が一つ。彼女は休憩時間になると真っ先にここを訪れ、たばこをくゆらせながら、愛用のデジタルオーディオプレーヤーでお気に入りの曲を聴いているらしかった。
詩の一節をそのまま切り取ったかのような晴れやかな空の下、僕は旧友との期せずしての再会に内心テンションが上がっていた。年に数回程度しか訪れることのない新宿や吉祥寺、秋葉原の猥雑さについて、いっちょまえにシティボーイを気取りつつ、ああだこうだと早口で捲し立てていた。メェちゃんは興味深く話を聞いてくれているようだった。時折口元に手を添え、歯列矯正器具を覆い隠すように笑うしぐさが偉く印象的だった。
僕は密かに、メェちゃんと隣の席だったとある時期を回想し始めていた。あの頃も彼女は、オチもへったくれもない話に嫌な顔一つせずつき合ってくれていたのだ。
「…………」
もう何本目かのセブンスターを吸い終えたメェちゃんが、ごく自然な所作で次の一本に火をつける。傷だらけのジッポライターが、八月末日の太陽にきらきらと反射している。ふだんはチェーンスモークなんてめったにしないが、今日は特別だ。内心でぼそりとつぶやき、何食わぬ顔で真隣の彼女にならう僕。喉の奥をガツンと刺激するメンソール。たかだか五ミリのタールが肺にいつになく重く染み渡る。思わずむせ返りそうになる。
いつだったか、たばこを一本吸うごとに寿命が五分縮まるだとかいう話を人づてに聞いたことがある。仮にこの俗説が事実だったとして、いやしかし旧友とのこの貴重な時間のためならば、たったの五分くらい惜しくもなんともないと僕は本気で思った。
視線の先、ルーフキャリアにサーフボードを積んだジムニーが公道を突っ走っていく。濃厚な紫煙がゆらゆらと、隣町のトマト畑まで運ばれていく。レトロなプリントが施された、吸い殻だらけのクッキー缶をあいだに、僕たちの会話はまだまだ続く。
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