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町を抜け、四半時ほど歩くにつれて次第に雰囲気が怪しくなっていく。
城下町より先は貧民の家が立ち並び、乞食が食べ物を乞い、戦などで手足をなくして苦しみうめく青年やら、遊郭落ちの梅毒持ち娘やら、見捨てられた年寄りやらがあちこちを徘徊していた。
その道を時折菓子を配って通り抜け、さらに奥まった林の中へと消えていく舞姫を追い続けていた男達が少し怯みを見せた。
浪人
「あんな所に家なんてあったかぁ?」
浪人2
「いやいや、あそこが通り道かもしれんなあ」
浪人3
「なんにしろ、見失っちゃなんねえぞ。きっと高く売れるだろうさ。いい尻してるしなあ」
けけけ、と黄ばんで欠けのある並びの悪い歯を剥き出して笑うガタイの良い男に、そうだなぁ。肌もやわこそうだったな。と細身のもう一人のてっぺんが薄らいだシワのある男が懐に腕を入れて笑う。
頭らしき小柄な髭を生やした男が無駄口叩いてないで行くぞ。と追っていく。
それに追従する子分たち。
数十歩ほど離れたところで青年が木陰から顔を出した。
青年
「典型的な人さらいだねえ」
首に巻かれた襟巻きをそっと撫で、ニタリと笑い、いつのまにかそばに控えていた大きな黒犬とサビ模様の子犬、さらにもう2頭の犬…いや、狼を引き連れてそれを追う。
次第に深くなっていく木々、竹、その狭間に獣道があり、それを舞姫がどんどんと進む。
人気が失せ、そろそろいいんじゃねえかと目線で伝え、ついに舞姫に襲いかかる浪人たち。
舞姫
「愚かな」
氷のような声色でそう呟いたのが聞こえ、舞姫がこちらを振り向いた。
「へ?」
浪人の一人が素っ頓狂な声をあげ、何かに飛びつかれ倒れ込んだ。
なんだ!?と一斉に振り向くと、息を呑んだ。
馬ほどもある巨大な黒犬。そして角の生えた骨頭。涎を垂らしているその牙が立ち並ぶ、鰐の口ほどもありそうな大顎。
恐ろしい容貌にひいっと悲鳴が漏れた。
ぐぁぱ。と唾液の糸を引きながら開かれ、恐ろしさに目を見開いていた細身の浪人の頭が咥え込まれた。
ごきり。と嫌な音を立てた。
だらりと脱力した肩に血がじわりと滲む。
大犬はそのままぶん!ぶん!と振りかぶって大柄な浪人にぶつけた。その男は木に叩きつけられ、折れた木の枝に突き刺さって即死であった。
むが、ごり、ごくん。と細身の男を丸ごと飲み込むと、血に塗れた牙をぺろりと舐めて最後の小柄な浪人に向き合う。
「ひぃえええっ!!!!」
恐ろしくて、恐ろしくて、股間が嫌な温もりと異臭を発し始めたことさえ気づかず、泡食って逃げようと駆け出した先。
舞姫が立っていた。
平然としたその様に、まさか、この女も…と震え上がり、挟まれて動けずにいた。
舞姫
「ここ最近、私の“知り合い”が攫われましてね」
その子はお揃いにと言ってとても綺麗なかんざしをくれたのです。ほぅら。美しいかんざし。と髪から抜いて見せる。
しゃらりと揺れる飾りに、覚えがあった。
つい最近さらって、小娘をいたぶり穢すのが大好きなお貴族様に売りつけた女もそれをつけていた。
舞姫
「その子は川に浮かんでいました。とても痛々しい姿で」
打ち捨てられた乙女の哀れな姿は瓦版にも張り出され、民衆の憐憫を誘ったほどだった。
くるりと首を回すと、舞姫の頭の周りを何か白いものが纏い始め、次第に形になっていく。
4本の角が生えた大きな鬼の頭蓋骨。
ヒィ!!!!と浪人が目をむいた。
「き…鬼女!?鬼狩りを殺し続けてるってぇバケモンがこんな所にいたのか…!?」
お…俺は悪くねぇ!!女を売った後のことなんざ知らんよ!!!なあ!!あんたがやってんのぁ、鬼狩り殺しだろう!?
「俺はただのちんけな人さらいだ!!あんたのことは言わん!なあ見逃しちゃくんねえかなあ!?仲間もいなくなっちまったしもうやんねえから!!なあ!?」
舞姫
「誰もがそう仰る。悪因悪果、因果応報、その言葉があります。今まさにその報いを受ける時が来たのですよ」
必死の命乞いに返ったのは冷え切った言葉。
それに震えながら、う、う、うるせぇ!!!と腰差しの刀を抜いて斬りかかろうとしたが、舞姫は軽やかに避けていく。
舞うように。
ゆるりと羽衣が手首に触れ、くるりと潜り抜けて距離をとっていく。
良い香りが鼻腔をくすぐり、美しい挙動に見惚れてしまいそうになるが、慌てて頭を振って、化けもんが!不気味な動きしやがって!!!と刃を突き出そうとしたが、手首から先がなくなっていた。
「あへっ?」
間抜けな声をもらし、あるべきものがない断面を見た。血が溢れ出す。そして迸る激痛。
悲鳴をあげて跪き腕を押さえ、舞姫を見上げた。
羽衣が揺れ、風で広がった。
爪が長く伸びた手に、浪人の手首があった。
片方の手には、奪った刀。
舞姫
「さよなら」
刀が横一文字に振るわれ、ずぱん。と浪人の首が高く飛んだ。
その着地先に骨頭の大犬があーんと口を開けて待機しており、ばくん、と丸呑みにした。
舞姫
「帰りましょう、コロ」
そこの亡骸外してくれる?それも晩ごはんにするでしょう。と指示を出し、膝をついたまま絶命している頭のない浪人の身体に虚しく差してある空鞘に刀を差して担ぐ。
コロと呼ばれた大犬がわかった。と言っているのか、へふっと鳴いて立ち上がり、木の枝に突き刺さったままのガタイの良い浪人の腰を咥えて引き抜いた。
木に血の筋が残ったが、まあそのうちなくなるだろう。
一人と1匹、そして亡骸が二つといった奇妙な仲間を連れて、林を抜け小山に登った先に、隠された大屋敷があった。その門を開けると入っていく。
ここに住んでいるのはコロと呼ばれた角の生えた骨頭の大犬と、舞姫と呼ばれた娘のみ。
かつてはお貴族が妾を囲うために作られたものらしく、どうやって住むことができたのか、その話はおいおい明かされるだろう。
舞姫
「やれやれ。洗わないと臭くてたまらない。こいつらを洗ってから食べよう」
亡骸の服を剥ぎ取り、毛を削いで庭の川に沈め、血や汚れを丁寧に濯ぐと引き上げ、器のような形に彫られた艶のある大きな木の板に乗せ、手を合わせて頂きますを告げ、コロと共に貪っていく。
血溜まりが器の中心へと集う。
肉を裂き、咀嚼。
コロは骨や腑を丸ごと貪っていく。
「こりゃ驚いた」
その声に臨戦体制に入って構えるコロと舞姫。
視線の先には黒犬、サビ模様の子犬、狼二頭を両脇に携え、黒の饅頭笠を被った青年が口元を弧に描いて笑っていた。
青年
「まさかこんなところで噂の“鬼姫”にお目にかかれるとは思いもしなかったぜ」
美しき舞姫を狙う狼藉者がいたから心配してついていってみれば、なんてこたぁない。返り討ちにされ、しかも喰われてるときた。
饅頭笠を外すと、癖のある長い黒髪を雑に括った整った顔立ちが現れた。
鋭く釣り上がった黄金の眼差し。
仁
「俺は仁(じん)」
ふわり。と姿が変わり、歌舞伎者のような華やかな着物を身に纏い、解かれた長髪、その額には長く突き立つ2本の角があった。
仁
「お前と“同じ”境遇に身を置く者であり、同胞だ」
さぁっと一陣の風が吹き、木の葉がゆれた。
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