第一話 舞姫と同胞

6/8
前へ
/48ページ
次へ
後ろから仁が顔を覗かせてきたので、何ですか。と見上げる。 仁 「いやあ。名前ずっと聞いてねえもんでね。なんて呼べばいいんだろうかと」 人好きのする笑顔を浮かべている。 お銀 「…お銀です。町では舞姫と呼ばれてますけど」 怪訝そうな声色でそう答えると、おぎん!お銀ちゃんかぁ。とでへへっと嬉しそうに笑って何度もその名を呼ぶ。 その顔に、ふぁっと懐かしい顔が重なった。 赤毛の“彼”とそっくりな顔。 改めて見ると似ている。 お銀 「…あっちに行っててください。客間がありますから。あまり使ってないので埃っぽいでしょうが」 ぐい。と顎を押し上げると、うごっと声が漏れたのが聞こえた。 お銀の言葉に客間の掃除をしてきます!と狼たちがいつのまにか雑巾と箒を持って走って行った。どこから見つけたのだろうか。鼻が効くんだろうか。 お銀 「…なぜあの化け狼たちを連れてるか聞いても?」 そばに転がっているコロに腰掛けて問う。 仁 「あー、そりゃあいつらがクロに挑んで負けたから。それで俺たちの子分になるって言って聞かなくてな。そのまんまついてきたよ」 カラカラ笑ってどっかりと床に腰掛ける。 仁 「うむ、硬い。座布団はないのか」 お銀 「お客として招いてませんから用意する義理はございません」 ツン。とそっぽを向く彼女に冷たいのー。よよよっ。と泣き真似。 コロがふぁーあ。と大あくびするとコハクがその口に顔を突っ込んできたので、あがあが、とちょっと慌てるのをクロがどかして助けてくれた。 助かった。と一安心のコロ。 しかしこの子は物怖じせんな。 いい笑顔でじゃれついてくる子犬を鼻先であしらううちに寝たので、クロが咥えて前脚の間に挟んで舐めている。 気持ち良さそうに眠るコハクを眺める骨頭犬と同じくらいの大きさの黒犬。 なんだか奇妙な光景だな。と仁が愉快そうに呟いた。 お銀 「あの狸…小百合さんは?」 仁 「あれは人間に虐められてたぬき鍋にされそうになってたところを助けたら懐かれてな」 たぬき鍋…。と小百合の後ろ姿を見やる。 あ、たぬきの尻尾が揺れている。 お銀 「それぞれ苦労なさっているようですね。あなたはなぜ噂を聞いた程度でここまでやってきたんでしょうか?」 その言葉にふっと微笑みを浮かべる仁。 仁 「俺やお前さんのように、同胞の敵を討とうと考える鬼がいなかったからだ」 その発言に動揺したのか、立ち上がる。 お銀 「他にも鬼の生き残りが?」 仁 「ああ。鬼狩り共の掃討は完璧じゃなかったからな。討ち取り損ねた鬼たちもいる。俺はここまで旅する間にそんな隠れ潜む鬼たちに会って、仇を討とうと有志を募ってきたが、誰もついてこなかった」 皆恐れて、これ以上同胞を失えないとさ。と呆れた様にそう告げると、お銀の拳がぐっと握られた。 仁 「俺が人型をしているせいか、なおさら当たりは強かったね」 へっ、弱虫どもめ。と不貞腐れた様に立てた膝に肘を乗せて頬杖をつく。 仁 「鬼狩り共と戦おうという鬼は一人といなかった。唯一お前さんだけが立ち向かっていた。お前さんだけだった。同胞の仇を討とうと立ち上がっていたのは」 その言葉に思わず握られていた拳が緩んだ。すると手を取られ、立ち上がって見下ろす仁を見上げる形になった。 仁 「そして昨日、噂の鬼女であるお前さんにようやく会えた。俺と同じ人型の鬼。知っているか?この世に生まれ落ちる人型の鬼には、必ず同じ人型の番が現れるという」 お前さんと俺は、共に鬼狩り共と戦い、番うことになる運命なのさ。とどこか煽情的な微笑みを浮かべる。         
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加