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不幸ヤンキー、”狼”を守る。【5】
自慢の持久力とスピードで雪乃宮に追いついた幸は声を荒げた。
「バカな真似はよせ!!! もうケーサツは呼んだはずだ…。だからさっさと観念して―」
「警察? …お前が呼んだのか…?」
黒目がほとんど見えない異様に白い瞳に睨まれても幸は負けずに宣言する。
「俺じゃねぇけど、頼んだんだよ。だからこれでお前もじきに捕まって―」
「嫌だね…!!! 俺は自分の授けられた能力を高めるためにここまで来たんだ。…邪魔すんなら…死ね」
そう言ってから雪乃宮は手のひらから無数の大きな氷の結晶を作り出し、そして、幸に向けて放たせた。
しかし幸は学力はともかく運動神経は群を抜いているので氷の結晶には驚くものの構えの姿勢を取ってからは早かった。1つ目は避け、2つ目は蹴り上げて壊し、3つ目と4つ目は体を捻ってから回転し、雪乃宮へと逆に跳ね上げさせたのである。
寸でのところで交わした雪乃宮は舌打ちをしてから再び無数の結晶を作り出し、今度は針のような形状に飛ばしてから逃げ去ってしまう。
顔面を覆うようにして防いだものの氷の針を避けられずにいたので少々、幸自身が傷付いてはいるが…そんなことなど今の幸には関係が無い。
「痛ってぇぇ…。…んなことより、早く大通りに向かわないと!!!」
幸は自身の傷を手当てする余裕もなく大通りへと猛スピードで走っていけば聞こえてくるのは人々の叫び声が…。
「何あれっ!!!? …刃物?」
「とりあえず逃げんぞっ、早く!!!」
「おかあさ~ん!!!!!」
人々の阿鼻叫喚と逃げ出す人々を背にし幸は進んで行くのだが彼はとある場所で止まってしまった。
…なぜなら雪乃宮が小さな子供を掲げて、大きな氷の結晶を少年の首元に突き付けていたのだから。
「尚人!!! 尚人を離して下さい!!!」
「…お…かあ…さん。こわいよ…。助けて…」
首筋に鋭利な刃物を突き付けられ恐怖で声が出ないでいる少年に男は笑いながら母親に告げる。
「今からカードでもいいし現金でもいいからこっちに寄越せ。…そうしないとお前の子供は殺すぜ?」
「…そんな!? それに…いきなりカードだなんて―」
「うるせぇぇなぁっ!!!! いいから早く出せ!!!」
怒鳴り散らす雪乃宮に怯え、少年の母親は肩を震わせながらカバンの中身を探す姿を幸は目の当たりにする。恐怖で顔が引きつっている…しかも殺されるかもしれない窮地に立たされ少年が瞳に涙を浮かべる様子に男は笑うのだ。
「早くしねぇと…あともう少しでこいつを本当に殺す。…俺はなぁ? 逆らう奴が居れば、気に食わねぇ奴が居れば誰だって殺せるんだ!!! そうやって、あいつらを…殺してやったんだ!!! あっはははははっっっ!!!」
男の笑い声が鳴り響く時、幸はとある言葉を思い出した。…それは亡き祖父が言っていた…自身が、自分自身の苗字を誇らしく思えた時の言葉を。言葉を思い返し、そしてそれがこの男…いや、雪乃宮の今の行動を見た瞬間、幸は体が勝手に動き雪乃宮に強烈な飛び蹴りをしていたのである。
―――バッコォッン…!!!
「グェッッッ!」
目を見張る母親をよそに少年を助けようとした行動であったが、強烈な飛び蹴りを食らわせても少年を離すまいと雪乃宮は逆上し刃物を振りかざそうとした…その時であった。
―――パァッッッンー……。
とても大きな破裂音がしたかと思えば今度は雪乃宮と少年が突如、大きな見えない力によって離れ雪乃宮はショーケースへ激突し、少年はというと…。
「…よぉ少年。…大丈夫?」
優しげに微笑むサングラスの男…哉太が彼を受け止めて尋ねれば、少年は突然のことで何も分からずにいるが次第に泣き始めてしまった。
「怖かったね…。もうダイジョーブだからさ? 母ちゃんの所へ行きな」
抱き留めて泣きじゃくる少年に声を掛けつつ右足で地面を三回叩いてから能力を解除させて少年を母親の元へと哉太は返した。無事だった息子に母親も泣きながら哉太へ礼を告げる。
「本当に…、本当に、ありがとうございました!!! なんとお礼を申したら…」
すると哉太は首を振ってから傷付いている幸に目配せをした後、少年の母親へ首を振った
「お礼なんて要りませんから。…本当にお礼を言うのでしたら…あの傷付いている赤髪の青年に。彼なりにあなたの息子さんを助けようとしたんでしょう? …まぁ、俺みたいに器用な人間じゃないのでふてぶてしい態度を取ると思いますが…」
「…はい。伝えさせて頂きます」
だがまだ油断は出来ない。
「でもその前に、あなた方も逃げて欲しいところですが…あの青年の元へ。腰を抜かしてるでしょう? …大丈夫。俺も彼もあなた方の味方です。ただこれだけは守って下さい。…絶対に俺の前に出ないで」
真剣みを帯びた表情で母親は強く頷いた。そして泣きじゃくっている我が子を強く抱きしめる。
呆然と先ほどの光景を目の当たりにしていた幸は2人の前に歩み寄り守るようにして彼らを包み込んだ。
「おかぁさ~~~ぁん!!!! ごわぁかっった!!!!」
「お母さんも…。尚人が無事で良かった…。ほら。忘れないうちに…」
守るように二人を背にしている幸に母親は紡ぐように、少年は大きな声で言い放った。
「本当に…助けて頂き、ありがとうございました…」
「おにいちゃ~ぁん、ありがとぉ~!!!!」
亡くなった祖父母以外、人を助けて初めて礼を言われた幸は目を見張るのであった。
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