不幸ヤンキー、“狼”に狩られる。《序章》

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不幸ヤンキー、“狼”に狩られる。《序章》

 現在の時刻、22時過ぎ。バイトを終えた青年はくたくたになりながらも帰宅している。  月明かりに照らされた燃えるように赤く輝いた長髪を2つに結い健康的な色黒の肌にギラリと光る鋭い目つきはヤンキーそのものであるが…彼自身は自分をヤンキーだとは思ってもいない。  ただ1つ。彼の容姿に目を付けて喧嘩を吹っ掛けるものならば、襲ってきた奴らをぶちのめすほどの運動神経と体術に長けている青年であり、その恐怖から名付けられた異名…『不幸の花人(はなびと)』と呼ばれ恐れられている。  …彼の名は彼岸花(ひがんばな) (さち)。  死者への手向(たむ)けとされる花の名を持った苗字は名前が福を呼んだとしても小さすぎて気付かないことの方が彼にとっては多いものだ。―今日も彼にとってはそのような日であった。 「久しぶりに早起きして出てみれば不良どもに絡まれて今日も遅刻…。授業の内容とかは分からなすぎて笑われて…。そーんで? また不良どもに絡まれてボコボコにしていたところをケーサツに見つかって事情聴取。…挙句、バイトに遅れて店長に怒られてさ…。他にもあったけど…。もうやめだな。キリがねぇ」  他人では無く自分が一番の災厄…不幸を自分自身が請け負い、舞い込ませていることなど自分自身がよく知っていた。彼にとっては『こんなのはもう慣れっこだ』とくたびれて告げるだろうし…もし、彼に『自分が生きてきた人生の中で大きい幸せがあったのか?』と彼に尋ねれば、彼は…幸は『ない』と断言するだろう。  大きな溜息と独り言を呟く日々。-だがそんな彼でも今日は小さな幸せがあった。 ―『彼岸花君。また遅刻してたけど…? 怖い人に絡まれていたの?』 『…まあ。お前にとってはそうだろうけど…』 『やっぱり! …怪我とかしてない? …どこか痛くない?』  ボブとベリーショートの中間の髪形をした黒髪の可憐な少女の、その優しい言葉に胸を打たれ泣きたいほどではあるが、恥ずかしがり屋の自分にとっては簡単な礼など言えず、逆にそっぽを向いて鼻で笑うことしか出来ないでいる。 『…はっ。お前になんかカンケーねぇだろ? …俺に近寄んな。バカ女』  …いやいや!!!! バカなのは俺の方だろ~??? …せっかく”ジュジュ”ちゃんに話し掛けられたのに !!! ほら、謝れよ~、俺!!!  態度と心情が正反対すぎる不器用で天邪鬼な赤髪ヤンキーに”ジュジュ”と彼が密かに呼んでいる桐峯 ジュジュはそんな彼に優しげに笑いかけた。 『そっか! ごめんね。私のおせっかいだけど…またこうやって話しかけても…いいかな?』 大きな黒い瞳に見つめられ彼は今、自分が出来る自分なりの表現と態度で示すのだ。 『…勝手にしろ』  他人にとっては赤点をあげるくらいそっけない彼の言動ではあるが、今の彼にはこのような態度でしか…好意を抱いている相手にさえも失礼な態度を取っている事実を彼自身も分かっている。  …しかしそんな彼、幸が彼女をほんの少しだけ見れば…彼女は大輪の花のような笑みを浮かべているのだ。 『…ありがとう!』  心から安堵をしたように優しく微笑んだ彼女の顔を幸は忘れずに見惚れてしまった。― 「…ジュジュちゃん。マジで俺の天使だわ。いや、天使じゃねぇ。女神? 菩薩? …神? すんごい優しくてかわいくて、俺みたいなハンパな奴にも話し掛けられるとか…。もうやばいだろ。色んな意味で。あ~あ。せっっかく!!! ジュジュちゃんに話し掛けてもらえたのに!!! …俺のバカヤロー!!!!」  大きな独り言を呟きながら歩いて行く幸ではあったが…突然、手首に何か硬いものが触れた気がした。しかし人に触れたとしては鋭利で硬い。-刃物かもしれないと身の危険を感じた幸はとっさに振り向き、構えようとした時であった。  ―自身の手に触れたのはなんと木の枝である。初めは安堵する彼ではあるが月明かりに照らされて木の枝を見た先は…衝撃であった。 「な…、なんでこんな道路にでっけぇ木が…? こんなの、昨日までは無かった!!!」  艶やかで生い茂る青い木の葉を宿した大きな大木が幸の背後に立ちはだかっていたのだ。こんな大きな木であれば気配や陰で分かるはずだ。-だがそれでも、木の枝に掴まれるまでこの存在を彼は知らなかったし気付きもしなかった。突然現れたとても巨大な大木に幸は恐れおののくが…所詮はただの”樹”だ。震えあがるほどではないが不安は催した。 「…きもちわりぃ。早くさっさと帰って…?」  気味の悪さにその場から立ち去ろうとした途端、突如として複数の木の枝が幸の身体に伸ばし襲い掛かってきたのである。 「…なんだよ、これ!!! …って。こんな細ぇ木の枝なんて俺にかかれば…」  ―――ブチリッ!!!  音を立てて絡みつく木の枝を容易く解く怪力な幸はその場を離れようと全速力で走り出そうとした。…しかし今度は太い幹が幸の足元に絡みついたのである。  先ほどよりも数段太い木に幸は足を上げて応戦するがビクつくことも切れることも無い。 「なんだよ、これ!! クッソ…外れ…ねぇっ!!!」  突然、幸に襲い掛かってきた大木は太い幹を幸の体中に巻き付かせ、動けないように仕留めていく。…そして遂には幸の喉元に目がけて巻き付こうとしていたのだ。  さすがの不幸ヤンキー”不幸の花人”の異名を持つ幸であれも訳も分からずに人間ではなく大木に、また、不可思議な現象に自身が”コロされる”かもしれないという恐怖に抗えないでいる。細い枝が自身の首を絞めつけ、腕に巻き付く太めな枝は自身の最大限の大きな力で振り払い、なんとか首元を守るようにして青年は霞むような声で自分の人生を振り返るのだ。 「…なんだよ。俺の人生。最低な日々だったじゃねぇか…!!!」  しかしそれでも彼は、不幸な人生を歩んで行く上でも小さな幸せに出会えたことも分かっていた。 「…でもおかしいな。嫌なことはたくさんあったけどさ…それでも”生きたい”って願うんだな。…こんな時、助けてくれるヒーローでもいたら―」  薄れゆく意識の中で自身の願いをポツリと呟いた時であった。 「―俺がいるけど? 木に巻き付かれて動けないでいる褐色肌の…赤髪君?」  低い声のする方にゆっくりと視線を向ければ、サングラスの奇妙な男性がそこに居た。
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