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番外SS パフェの日
「ねえ、今日、パフェの日なんだって」
向けられたスマートフォンの画面の中には、ずらりとマス目状に写真が並んでいた。色とりどり、フォルムも様々なパフェを嬉しそうに眺めていたエムがいつそれを言いだすのだろうかと――まあその時点でおよそ覚悟は決まっていたものの――最近また根元が黒くなり始めたつむじを眺めながら考えていた。
白い膝丈のパンツに、オレンジの靴下。Tシャツの上にはアンサンブルのスウェットのベストを被り、形の違うふたつのハットを頭に乗せては外していたが、黒いバケットハットに決めたらしい。それからぐっと鏡に顔を近づけて、ちょい、とピアスの位置を指先でなおす。
「おしゃれして、どこまで行く気だよ」
「だって、デートだもん」
揶揄にも上機嫌に笑うばかりのエムに、呆れ半分につられて笑う。エムの肩越しに鏡に映った自分を見て、ルミナもまたシャツの襟をなおした。
そういえば深夜営業のパフェ専門店なんてものもあったが、この仕事をしているとそういうのには縁遠くなる。徒歩で間に合う出勤のついでというわけにはいかず、いつもよりずっと早くマンションを出て、電車に揺られて、駅ビルにあるレストラン併設のケーキ屋へ来た。
「並んでなくてよかった」
先月だったろうか、行列の中腹で不機嫌になったエムを思い出してにやついたのに気づかれたらしく、正面の彼が少し頬を膨らませる。もっとも、今の彼にとっては目の前のデザートメニューのほうがずっと重要で、すぐまた上機嫌に写真を眺め始める。
「ねえこれ、全長30センチだって」
「――やめろ」
エムが頼んだのは、メニューのなかで一番豪華なパフェで、何層にもなったクリームとかスポンジケーキとかコーンフレークとかフルーツの上に、目で見える範囲でもフルーツとプリンとソフトクリームが乗った「季節のパフェ」だった。
「わあ、かわいい」
まずはパフェの写真を撮り、スマートフォンをルミナに寄越してパフェとのツーショットを撮らせ、それからようやく、長いスプーンでてっぺんのソフトクリームをすくう。
「おいしい」
「よかったな」
「うん」
頬を押さえてとろんと笑うから、幸福の値段として、たかだか千円と少しなんてのはタダみたいなものだなと、コーヒーを啜りながら考えてしまった。
さて、隣の席のふたり連れも、昔の女友達も、エムも。どうしてデザートの上にデザートとデザートが乗った巨大デザートを自信満々に注文し、半分食べたあたりから徐々に口数が少なくなるのだろう。
「言ったよな? 小さいのにしとけって」
「だいじょぶ」
「好きなもん食ってる時に言うせりふじゃないよね?」
「……一緒に食べる?」
先月のクレープも、この間のフラペチーノも、同じような結末だった。呆れつつ怒りながらも、エムの食べ残しを自分が引き取るという結末だ。
スプーンの先いっぱいにパフェをすくい、口に放り込む。ソフトクリームは溶けだし、コーンフレークもずいぶんしっとりしている。甘い物は好きでも嫌いでもないが、これが美味だということは自分にでもわかる。どろどろに溶けていなければ、きっと、もっとうまかったろう。次にすくったパフェを鼻先に差し出せば、食傷気味ですと顔に大きく書いたまま、それでもエムは従順に口を開けた。
「エム、おいしい?」
ごくんと喉を鳴らして飲み込んだ彼が、唇を尖らせる。
「いじわる」
「約束守れなかったやつは、お仕置きしなきゃなぁ」
腹でも壊してそろそろ懲りろと(そうなったらなったで面倒だが)、せいぜいその程度のサディズムだったのだが。
切れ長の目が軽く見開かれ、次に、快げに細められる。開いた唇の隙間から赤い舌が誘うのに、また、スプーンの先を押し込む。それをゆっくりとねぶり、ちゅぽっと音を立てて放したエムが、頬を染めて微笑んだ。
「どんなお仕置き?」
「――バーカ」
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