科戸の風は涼し

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 夏休みの終わりごろ、鈴村は尋ねた。 「その絵、何を思って描いてるの?」  その問いに困ったような表情で芹野は答える。 「分からない」  その返答の意図が分からず、鈴村も少し困った。 「何か表現したいものがあるんじゃないの?」 「ある。でも、言葉で伝えられない」  そういうものなのだろうかと困惑している鈴村を横目に芹野は続けた。 「絵の先生に言われた。絵で気持ちは表現できてるから、人と関わればもっと絵が上達するって。良く分からないけどな。絵なんて、人と関わる必要ねえじゃん。あと、私は言葉で気持ちを伝えるのが下手だから、それもうまくなるために人と関われってさ」  鈴村も芹野に対して、同じことを感じていた。  彼女は単純に自分の気持ちを人に伝えるのが苦手なだけなのではないかと。 「言葉で表現できないことがあるともどかしくなって、イライラする。その点、絵はいい」 「芹野はそう言うけどさ、僕と初めて会った時よりは気持ちを言葉で伝えてくれてると思うよ。今だって、教えてくれたし」 「お前のおかげで少しはマシになったかもな」 「そう? ならよかった」  鈴村は笑いながら、芹野の絵を見ていた。  描かれた蝶は依然として不安定な形を取りながら、死んでしまいそうな様態をしている。  加えて、蝶を取り巻く背景がそれを今すぐにでも殺してやろうとしているように感じた。  それが生まれてきたこと自体が間違いだと言っているように……。
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