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第三話「カウントダウン」
第三話「カウントダウン」
20分程車に揺られ、新緑の匂いが鼻腔に届く程、車は山の中まで来たらしい。
開けた窓から、虫の鳴き声も聞こえる。
「……」
いや多分これは頭を殴られたから耳鳴りがしてるんだな、うん。
柊は、敷きマットのように後部座席の床に転ばされ、背中に両足をのせられてていた。
耳をすまして奴らの会話を聞いていると、この足の持ち主はヒロくん、
サバイバルナイフの男は竹田。
自分を殴った運転手は緑川と呼ばれている事がわかった。
それぞれゴツい身体をしていたのは先ほどの対面時に理解できたが、納得がいかなかった事は、皆こうした拉致を幾度か行っている事だった。
「今回は美人が釣れたね、股間がうずくよ」
「先週の女は泣いて化粧が落ちたらブスだったからなあ」
「俺的にはやっぱ最初の女が一番良かったけどね」
高校の同級生だったらしい事も会話の中から伝わってきた。
そして柊にはよくわかった。
こいつらがクズ野郎だと言う事が。
世の中には事件なんて山ほどある。
その中には事件をおこしたくてやった訳じゃない人達もいる訳で。
なのにこいつらは自分たちから、言うなれば「狩り」のつもりで犯罪を犯そうとしているのか。
警察ってなにしてるんだろう。
税金って……
またもや長考しているうちに、車は止まった。
「まずはオッサンからだ」
車からひきずりおろされ、竹田、緑川に囲まれた柊は、距離をとり、じりじりと少しづつ横に動く。
その先には、ショートカットの卒業生が、ヒロくんと呼ばれる男に羽交い締めにされていた。
「先生、逃げて!」
意識を取り戻した彼女は、自分に降り掛かった災難に柊を巻き込んでしまった事に気付いていた。
私だけが死ぬならまだマシなのに先生を巻き込むなんて……
彼女の心は恐怖よりも罪悪感で埋め尽くされていた。
じりじりと後ずさる柊にいらだったのか、竹田は
「おいオッサン! 逃げられねえぞ。誰だか知らねえがてめえは今から死ぬんだよ。なんでかけつけてきた? あの女の知り合いか?さっさと逃げてりゃ命は助かったのになあ」
と、蹴りを入れ、凄んだ。
一理はある。だが、それをしてしまえば、柊は一生眠れなかった筈だ。
「ナ、ナイフ、しまってくれないかな…」
このピンチに、精一杯の言葉は、そのレベルだった。
「なんだとこの野郎! 指図するんじゃねえ!」
単純な竹田はそう返した。
だがここで、格闘技経験者であるヒロは気づいた。
何かが違う。
この男の立ち振る舞いは、どこかが普通でないのだ。
最初に駆けつけてきてからというもの、この男の発した言葉はどこか間が抜けた、戦闘性の無い物ばかりだった。
通常こうしたピンチでは、威嚇したり諭したりする人間が多い。
黙って震えているだけの奴もいた。
なんなら殺されるぐらいの瞬間に、こんなに落ち着いていられるのは、実力のあらわれなのだろうか。
ヒロは、試したくなった。
その落ち着きの理由を、見てみてみたくなったのだ。
女を離して、柊の後ろから近づく事にした。
山の中だ。
女は逃げられない。
このつかみ所の無い男に対する嫌疑が晴れれば、後はいつものように女を犯して殺して埋めるだけだ。
この一点の曇りさえ晴れたなら、犯罪者としての日常に戻る事ができる。
柊は後方からの足音に振り向いた。
後ずさっていた目標が後ろを向いたからと、竹田はナイフで突進してきた。
ヒロは柊に向かって拳を振り上げる。
緑川は、逃がさないようにゆっくりと石を持ち、竹田の後方から近づいてきた。
そして柊は!
静かに息を吸い込み、呼吸を止めた。
次の瞬間!
……当りは静寂に包まれていた。
どうした事か、虫の声さえも聞こえぬ程に。
続く。
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