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肌を穿つような雨が刺さっては消え、刺さっては消える。
夜のバイク。
予報通りの雨。
持ち忘れた雨具。
浸透してゆく水塊。
芯まで冷えゆく肢体。
秘部まで達したであろう冷たさに、下着も濡れてしまっただろうなと、朧げに思った。
吸収の限界を超えたシャツからは黒のキャミソールが透けて見え、光っている。
今日のバイトはきつかった、眠気で。
お客さんが奢ってくれるとの言葉に甘え、バイト終わり夜2時に向かった中華店。古びてくすんだ店内はその歴史を感じられ、味わい深い。注文してもらった餃子と炒飯を、腹12分目というところまで詰め込んだ。
店を出た頃は小雨だった雨も、帰路の途中から激しいものへと変化する。他人様はついていないって言うかもしれないけれど、雨に濡れるのが好きなあたしにはご褒美だ。
外部から肉体へ感じられる雨の刺す感覚と、内部からじんわり浸透する眠気と満腹感。
8月末の外気の暑さと、深夜の雨水の冷たさ。
心地よい肉体の疲弊と精神の鈍麻。
相反する環境の狭間に置かれた私の思考は、揺蕩い、惑う。
信号待ちの、街灯一つない暗い道路。
こんな夜闇を見ていると思い出す、彼の暗い影を。
遠ざかりゆく、影。
最後に会ったのは、いつだっけ。
いつも夜に出会って夜に遊び、夜に別れた。
エアコン壊れて仕方なく夜の公園に行き、タバコ吹かしていたら、ナンパされた。
それだけから始まった関係。
密に交わり始めた日常。
急に止まった二人の時間。
轟音響かせていた雨も、徐々に音がなくなっていく。
メットは防音室よろしく、あたしと外界の帳を下ろしていく。
彼の背中が好きだった。
広くて、厚くて、頼りになる背中が。
彼の腕に包まれるのが好きだった。
半袖から出た、素の、硬くて、厚い腕が。
交差し合う互いの熱と、体液が気持ちよくて、酔って溺れるのにそう時間はかからなかった。
それなのに。
帰り際に見る、あたしに向けた彼の背中。
背を向けないで。
もう背中なんか、見たくない。
緩やかに思考が進む。
崩壊へ向かって。
終わりへ向かって。
結局、彼と関わった期間は3ヶ月もなかったと思う。
連絡が取れなくなった時間は、会えなくなった時間は、バイトを詰め込んで考えないようにしていた。
考え始めたら気が狂いそうだったから。
痛くて、辛くて、苦しくて。
あぁ、そうか。
好きだったんだ。
馬鹿だな、あたし。
後ろから突然クラクションの強い音が鳴り響く。恐らく飲み屋街から客を乗せたタクシーだ、こんな時間でも奴らは周囲に遠慮なく我が道をゆく。白線なんだから、隣の車線に移って行けばいいのに、なんて思いながらクラッチを握ってギアを1速へもっていく。
動力がタイヤに伝わったバイクは、軽やかに濡れた黒い路面を走り出す。軽いカーブに上体を傾けるのは心地よい。そのまま大通りに出て、自宅を目指す。
駐輪場に停車し、メットを外せば、いつの間にか雨は止んでいたことに気づいた。夏の終わりを予感する冷えた夜風が、あたしの濡れた体を通り抜けて、少し寒い。
自覚と共に終わりを認識したあたしの恋。
しばらくは胸が痛み、過去の言動を後悔し、彼に怒って、吹っ切れて、といった過程を繰り返すのだろう。辛いだろうけど、無理に抵抗する気もないし、甘んじて受け入れ、感じるままに流されるのだと思う。
どうせ、感情の高波が徐々に弱まっていくことは分かってる。
今はまだ熱い感情も、ゆっくりと、冷えてゆくだろう。
そう、どんなに暑い夏も、いずれ冷えゆき終わりを迎えるように。
バイクからキーを抜いたあたしは、朧げな思考片手に、とりあえず溜まった疲労を癒そうと、マンションの入り口へと向かった。
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