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(一)
それは思いのほか急だった。喧嘩をしていたハズなのに、突然キスをされた。そして僕の口の中に舌が入ってきた。
僕は相手の体を押しのけて、唇を離した。
「急に……、急になにするのさ。……兄さん」
「初めてじゃないだろ」
「そうじゃないよ。そういうことじゃないよ。僕たち、今、喧嘩してたよね。それなのに……」
「それなのに、なぜかって? そんなの決まっているだろう」
兄は僕の両肩をつかんだ。そして言った。
「お前を……、お前のことを愛しているからさ」
大学生の兄のアパートの外では、雨の音がしていた。
窓のひさしからしたたり落ちて、下の階の窓のひさしに当たる音が、一定の間隔を刻んでいた。
「ウソだ」
雨のリズムを遮るように、僕は腹の底から言葉をなんとか絞り出した
(続く)
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