第七話『二人の弟子』

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【6】  とある国―― 『こちら、ロウ……ただ今より一斉砲火を開始する』 『了解』  日本語ではない言葉で、無線機を使い会話をしている。  それもその筈――  ロウと呼ばれる男は、戦闘機に乗っているからだ。  戦闘機は一機だけではない、空を覆い隠す程の数の戦闘機が――地上には戦車が――  たった――四人の人間を取り囲んでいた。  否、その四人の人間達は――正確には人間ではない、のだが……  その四人は……真ん中に立つ、十代後半であろう女性を守るように、三人の男が囲うというフォーメーションだ。  彼女達は今――大量の戦闘機と戦車から、一斉砲火を受けようとしていた。 『撃てー!!』ロウが指示を出す。  戦闘機に装着された機関銃や戦車の大砲が――弾丸の雨あられとなって――四人へと降り注ぐ……  その攻撃音は凄まじく――百キロは離れた先にある同国の街にも届く。 「ねぇお母さん……これで終わるの……?」一人の小学生程の男の子が、母親であろう女性の裾を握り、尋ねる。  その女性はニッコリと笑って、視線を屈み男の子の目線に合わせて、頭を優しく撫でた。 「ええ……これで終わりよ……お父さんがきっと……きっとやっつけてくれるわ……」  そう言う母親の撫でる手は……小刻みに震えていた…… 「お母さん……?」心配そうに言う男の子の目からは涙が溢れていた。  母親は固い笑顔を作り「大丈夫……大丈夫……大丈夫……大丈夫……」と、まるで自分自身を納得させるかのように、説得しているかのように……呪文のように……唱える。  ――この国の軍隊が動いたんだもの……きっと大丈夫……今日で終わる……やっと……この地獄のような日々が……  母親も……これ迄の日々を思い出したのだろう……その目からは涙が……  彼女は、首に下げているペンダントの中に入れられた写真を見る。  その写真には――一人の男が笑顔で写っている。  母親は、片手で男の子を抱え、もう一方のでペンダントを握り締め、胸に抱え込む……  願うように。  神様お願い致します……どうか……どうかロウを……無事に私達の元へお届けくださいませ……どうか……どうか――  この地獄に――終わりを……!!  そのような祈りをしているのは、その母親だけではない……街中の人達……いや――  国中の人々が……それを祈っていた。  その時が来るのを――  地獄が終わる……その日が来る事を――  そして……  その願いが打ち砕かれる――凄まじい爆音が轟いた。  戦場にて一斉砲火が終わり、軍人達が「やった!」と確信し、喜びをあらわにした……その瞬間だった――  地上に並んでいた、百を超える戦車軍の半分が――  まるで、その右側から左側へ――ドミノ倒しの如く薙ぎ払われ――大爆発と共に……  粉砕した――  残りの戦車軍は……「何が起こったんだ……!?」と、目の前で起こった出来事――まるで、天国から地獄へ落とされたような光景を……呆然と見つめている……  一方――その様子を空から見ていた戦闘機軍は……それの原因を知っていた――何が起こったのか……理解出来ていた。  爆煙と煙で視界が悪い中――上からだと良く見えたのだ……  理解し難い……しかし、現実にあった――  その悪夢のような出来事の一部始終を――ロウは目にした。  簡単な話だった――  その十代後半と思われる女性が、一瞬の内に凪払われた戦車軍の一番右側に現れ、まるで……暇潰しにサッカーボールを蹴る時の様に――  戦車の右側面を蹴った。  それだけだった……それだけで――  蹴られた戦車が左側へ吹き飛ばされ、隣の戦車へ……そのまた隣の戦車へ……そしてそのまた隣の戦車へ……と、ドミノ倒しの様に、玉突き事故の様に被害が拡大――  そして……目の前に悪夢が広がった……  ロウは狼狽える……が、自らを奮い立たせ再び一斉砲火の指示を出そうとした――その時――  再び爆音が轟いた。  残る戦車軍も――同じ様に……粉砕されてしまったのだ……百を超える戦車軍が、容易く、ほんの数秒で全滅――  この光景を見たロウは……戦闘機軍は戦意喪失。 『てっ……撤退しろ!』と指示を出す。  全ての戦闘機が向きを変え、撤退を始める……  すると、再び地上から爆音が鳴り響く――  ロウは自分の目を疑った――「間違いなく『奴』は地上に居た筈だ――なのに……なのに何故――『コイツ』が、目の前にいるんだ!?」  大ジャンプし、戦闘機の目の前に現れた女性の口が不気味に動いた―― 『み、な、ご、ろ、し』  次の瞬間――  女性は、まるでシャドーの様に拳を振るった――  当然、拳は直に当たっていない。  傍から見ると、戦闘機の前で威嚇をするかの様に女性がシャドーボクシングをしている――異様な光景……  だが――この女性にはそれは唯のシャドーボクシングにはなり得ない――  その空パンチは――凄まじい拳圧で空気を押す。  衝撃波が発生し――遠くを飛んでいる戦闘機、近くを飛ぶ戦闘機を――撃破し続ける。  あえて、目の前のロウが乗る戦闘機には――手を出さず……  戦闘機の中で……ロウは絶望を感じていた…… 「もう……やめてくれぇ……やめ……や、め……」  次々と沈んで行く戦闘機――  死んで行く仲間達――  そして残るはロウの一機のみ―― 「う、うっあ……うわぁぁああぁぁぁぁあぁああぁあぁあ!! よくも私の部下を――許さない……許さんぞぉぉぁぁあ!! 化け物がぁあああああぁああ!!」  その目に、溢れる涙と共に――  彼――ロウは特攻を選択する。  戦闘機全速力で、目の前の化け物へ体当たりを決行。  ロウは目を閉じ――愛する妻と愛する息子の姿を思い出し……こう願った――  この地獄が終わり……二人が幸せに過ごせる世界になる事を望んでいる……二人とも――  精一杯生きろ……!  結果としては特攻は失敗。その化け物――女性の右手人差し指……そのたった一本の指で――  戦闘機の全速力の体当たりは……意図も容易く止められた。  ロウの命を懸けた……懇親の一撃すら――  彼女には――何も届かなかった……  恐らく――攻撃にすら、なり得なかった……  目の前の化け物が――拳を振り上げる。  ロウは、涙で滲む目を閉じ……呟いた…… 「ライアル……レイル……すまなぃ……」  そしてロウは……直々に、女性の拳を戦闘機と共にその身に受け――  死亡した。  地上から、その様子を見ていた三人の男達がそれぞれ呟く…… 「まさか、姫自ら動きたいと言うとは……」 「それ程お怒りだったのだろうな」 「あの様な者共相手に……姫様の拳を振るわせるなど……私達はなんと罪深い事を……うぅ……」  すると、三人の元へ……その女性が移動する。  泣いている男が跪き、頭を垂れる。 「すみません! 私共が不甲斐ないばかりに、姫様にお手を煩わせる事に――」 「よい」その女性が、その男の言葉を遮る。 「余も、これ迄お主達に戦闘を任せっきりで運動不足ゆえ訛っておってな、少しは運動がしたかっただけなのだ。気にするでない。お主らも、少しは休ませてやりたかったのでな……」 「…………うぅ……有難いお言葉……懐が深い」感極まり、更に涙を流す男。  その男は、こう続けた…… 「やはり…… 『霊王』に数えられる程の方の器は違う……美しい心……惚れ惚れ致します……」 「…………頭を上げろ、さっさと城へ戻るぞ……」  踵を返し、歩き始めるその女性の言葉に、男三人が「はっ!」と返事をし、四人は歩き出す……  彼女達の根城へと……足を運ぶ。  百人を超える……人の屍を――足蹴にして……
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