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もう、避けられない。そう思った瞬間、目の前に砂埃が起きて俺は顔を逸らした。
何が起きたんだろうと咳き込みながら視界が晴れるのを待っていると、何かに抱き締められた。
状況が理解出来ないままでいると、鎖によって制限されていた動きづらさがなくなった気がした。
「ボス……!…俺が、不甲斐ないから……」
「…良かった…!無事だったんだな…」
リヒトが来てくれただけで、こんなにもホッとしてしまう。足を引っ張っていたのは、俺なのに
「……ここから離れよう…」
同意するように頷き、体を支えられたかと思えば横抱きにされた。分かりやすく言うならお姫様抱っこというやつだ
「え…!……うわっ…!」
少しだけ気恥ずかしく感じたが、手足が動かない俺を気遣っての事なのだろう
抱える時はいつも腕で抱えるような感じだったからか、ちょっと慣れない
魔術を駆使しながら彼はすぐにドゥマール砂丘から出てべーライズへ戻った。
すごく、恥ずかしかった。気恥ずかしいとかそういうレベルじゃなかった。
このままの状態で街を歩き、宿へ向かい、受付をし、部屋へ案内された。
せめて違う抱え方にしてくれと頼んでも頑なに断られた。
手が動かないから顔も上手く隠せないし、だからといって彼を責めるのも違うし
部屋のベッドに下ろされ、ようやく落ち着ける場所を得られた。
彼は俺の前で膝をつき、手を取って手首を見ていた。
(かなり痛いし痺れてるのか感覚もないけど、骨が折れたりとかはしてない…と思いたい)
手の次は足もしばらく見てから、俺の首輪を恨めしそうに睨んだ。
「……そんな顔するなって」
生きているだけでも良かった。彼の衣服はあちこち汚れているものの、目立った傷はなさそうだった。
「俺を離した事、後悔してるのか…?」
彼は口を開きはしなかったが、戸惑うような視線で俺を見た。その気持ちを知れただけでも嬉しい
「リヒトは強いよ…助けてくれて、ありがとな」
「…だけど、俺は……」
「ありがとうって言ってるんだから、納得してくれよ」
まだ迷っているような様子はあったものの、渋々だが頷いてくれた。それから手首を撫でつつ魔術で治療してくれている。
「…骨に異常はないが、しばらくは跡が残る……」
砂で汚れた体中を拭いて綺麗にしてもらってから軽装になり、ゆっくりとベッドへ仰向けになった。
出来事を振り返ろうと思考を巡らせているうちに疲労の方が大きくなってしまい、そのまま俺は眠ってしまった。
その様子を俺は見ていた。ため息をつきながらマフラーを解き、フードを下ろしてから軽装になった。
ボスの首には不釣り合いの首輪、魔術を以てしても取れない
それにアレも、間に合ったから良かった。あのエルフ、ボスに口付しようとしていた。
ぐっと拳を作った。分からない事が、理解出来ない事が多すぎる。
加護の件だってそうだ、付与は間違いなくしてあるのに機能していなかった。
再びボスの手首をゆっくり取って見ると、今も痛々しい跡が残り続けている。
今回であれば鎖に対し、自動的に盾を張って攻撃を緩和したり反射出来るはずだったのに
それにこの首輪も、結局何の為の物なのか。依頼主の、愛犬の物でないことも分かっていた。
そしてそれが犬用ではなく、人用に作られた首輪である事も。妙に洒落ているのがそれを決定付けている。
(…解除に呪いがあるのか?…そんなことより、俺から取る事さえ出来ないのが……)
もどかしく、苛立って、悔しくなる。犠牲を払ってでも取れるなら、俺が取るのに
それでもボスが、本当に無事で良かったと思った。
行方不明の、俺よりも先に作られた2人に示しがつかなくなる。旅を共にした記憶はあるのに、顔も名前も思い出せないままだけど
バグを解決して2人とも再会を果たし、無事にボスを元の世界へ送り届けるまでは死んでも死にきれない
ため息を、呑み込んだ。一度しっかり睡眠を取ろう、ボスと話していくうちに分かってくる事実もあるかもしれない
そっと痛ましい手首を戻してから薄手の掛け布団を被せ、改めて顔を窺った。
黒茶のような瞳と髪を持っていて、初めは爽やかな印象を抱いた。左目斜め下にあるさり気ない黒子も特徴的だ
元の世界ではボスぐらいの体型が中肉中背のようだが、トラインではやや心配になる細さに感じる。
ボスの名前はユヅキ、と名乗っていた。正直な話、集会所で新規登録をした時に初めて知った。
もっと知りたい、そう思うけれど。知ったからどうなるのだろうか、あまりよく分からない
(…ボスさえ無事なら、何だっていい)
俺はそのまま、目を閉じた。
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