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薄々気付いていたけれど、トラインでは“食べる”ということがそこまで重要ではなさそうだった。
だから魔術で瞬時に食べ物を生み出せたり、1日1食でも成り立ってしまうのだろう
彼が俺に食を促してくれるのは、俺が元の世界と同様の日常生活を送れるように合わせてくれているから…だと思う
「…カレーライスにしようかな、リヒトはどうする?」
「同じでいい…… 同じがいい…」
なんでわざわざ言い直したの?と笑いながら個数を2に切り替えておいた。
自分から見られたものではないが、強引に付けられた首輪に何となく触れてみた。
(取れるような金具も付いてないのかな、装飾っぽいのはある気がするけど…)
現時点ではこれがあるからといって異変は感じない、強いて言えばこれが見える立場にある―――。
「ボス、何か……」
リヒトの方が、これを気にしている。俺は彼のためにも気にしないようにしなければと思った。
「首が…かゆかっただけだよ」
苦笑しながらポリポリと掻いてみせる。そんな顔、させるつもりなかったのに
心がグッと掴まれて、苦しくなった気がした。首元を隠せるもの、そうだ……
膝でのそのそと動き、イスに掛けてあったリヒトのマフラーを借りて巻いてみた。
「…俺でも似合うかな?」
彼はやや驚いた様子だったが、すぐに微笑んでくれた。良かった、ちょっとは表情が和らいだみたいだ
「それはボスが、俺にくれた大切なマフラーだ…似合わない訳がない」
「えっと…… 嬉しいけどべた褒めが過ぎない?」
そう返すとリヒトは不思議そうに首を傾げていた。そうしているうちに注文した物が届いたようだった。
「お、イイ匂い!肉もうまそう、いただきます!」
そっとスプーンを手に取り、ルーをすくってご飯と一緒に口へ運んだ。
やはり食べ馴染みのある味なのもあって食が進む、じゃがいもはホクホクしているし肉は味が染み込んでいておいしい
「……ボスの世界は、おいしいものがたくさんあるのか…?」
妙な視線を感じていたものの、突然リヒトからの珍しい問い掛けにむせかけた。
「っ…食べる物自体はこことそう変わらないと思うよ」
元の世界から食文化も反映しているみたいだから当たり前だけど
トラインというよりトリスピ自体が食べる事を重要視したシステムになっていないし、不思議に思うのも無理はない
「ボスのいる世界にステータスはないのだろう?何の為に食べるんだ…」
「食べたいから食べるんだよ…って、答えになってないよな」
うーんと唸る。極端ではあるが食べないと死んでしまうし、必然的にも食べる事が当たり前なので何の為と言われても
「…楽しく生きる為、かな?」
腕を使い手首が傷まないようにしながらようやく完食した。そのまま近くのテーブルに移動させた。
「あ、マフラー付けたままだった。これ…」
「……返さなくていい」
「それはダメ、これは俺がリヒトにあげた物だ」
正しくはあげた、というよりは設定した流れで付いたものではあるのだがそこは気にしちゃいけない
マフラーを取って折り畳み、近くのイスに置いておいた。それでも複雑そうな表情をしたままだ
「隠せそうな物、買いに行くからさ…それで納得してくれよ」
「……分かった。でも、それまでは…俺のを」
彼は再びマフラーを手にし、首輪が隠れるように巻いてきた。ふわり、とリヒトの匂いも感じてドキリとした。
「ぅ…… あ、のさ!俺、眼帯付けてるエルフにこう言われたんだ」
『ノヴァに祝福を』
首輪を付けられながら囁かれたその言葉には意味がありそうだった。
魔術の類いかと思ったが、能力もない俺にはそれを判別することは出来ない
リヒトは考え込むような素振りをしたが聞いたこともないと首を振った。
「…この首輪も、エルフじゃないと取れないって言ってた。対エルフの罠だとか言ってたけど嘘かもしれない」
「……そうか」
彼はおそらく無意識に、力強く拳を作っていた。俺は無言でそれを両手で包むようにして握ると次第に力が緩まって、ゆっくりと息を吐いた。
「…片目の男は…ボスの加護が付いていないと、俺よりも早く見抜いていた……」
それなら契約だって。リヒトは問題ないと言っていたけど、加護も契約も察することの出来ない俺からすれば何が変わったのかさっぱりだ
ただ、そう。包み隠さず言うならリヒトとシただけ。思い出してまた勝手に顔が熱くなった。
「えっと…加護と契約の違いだって、その…俺にはよく」
「加護はモノに対し一方、契約はヒトに対し双方という違いがある…俺はボスに無事でいてほしいから、護ることを第一に考えた…」
理屈は分かったような。でも雲を掴むような話でイマイチ実感出来ないし、見えない何かに守られるって非現実的だ
そもそも加護は付与されていなかったみたいだからそれ以前の問題だったようだけど
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