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出会った当初にリヒトも言っていた。この世界にはバグがあって、俺が原因かもしれないって
「元々は俺ってここに存在しないから、通常では起こらない何かがあるのかもしれないな…」
悲観的に言ったつもりはなかったのだが、彼の表情が随分と悲しげに見えた。
俺は小さく息を吐き、彼の髪を勢いのままにぐしゃっと掻き回した。
それにリヒトは驚いたまま硬直していた。ふん、と俺は誇らしげに胸を張った。
「じゃあ、ほら…これっ、代わりに買ってきてくれるか?お金は…立て替えってことで」
首元のマフラーを指し示しながらパシパシと軽く背中を叩いて促した。おどけたような態度や言い回しに彼は困惑していた。
「……行って、くる」
気をつけてと手を振って見送った。さて、と俺はゆっくりと三角座りの体勢になって手首と足首を揉みほぐしてみた。
鎖の跡や内出血も、他にも細かい傷はあるけれど。柔軟体操のようにぐーっと体全体を曲げたり、伸ばしたりしてみる。
「やっぱり……さっきまで結構痛かったのに…」
嘘みたいに痛くない、表面上はボロボロだし誰がどう見ても痛々しい。けれども怪我なんて一切負っていないくらいの感覚だ
でもこれなら間を開けずに依頼主の愛犬探しが出来る。よく分からないことだらけのままだけど、足踏みするより全然マシだ
足早に、出来るだけ近くで済ませられる店へと向かった。
加護はあってないようなものになってしまっているし、下手すると契約だって機能しなくなるかもしれない
(…ボスと選ぶつもりが)
宿を出てからそれを思い出して俺はため息をついた。それ以上にあの首輪を見たくなかったというのもあるけど
単なる首輪ではないことは明白だったし、もしボスに何かあったら俺ではどうにも対処出来ない
「何かお探しですか?」
声を掛けられ顔を向けると、ニコニコと笑っているが妖艶さのある女性店員がこちらを覗いていた。
「首元を、隠せるような物を…探している」
「でしたらこちらなんていかがですか?」
マフラーとは違いストール、と呼ばれる物で少し洒落ていた。ボスならどうだろうかと鏡の前で悩んだ。
「当店では性能面はもちろん、見た目も重視した物を多く取り扱っているんですよ」
店員は画面を俺に表示して説明してくれている。嘘は言っていないし、最近はそういうのも流行っているのだろうかと考える。
「こちらなんて可愛いですよ〜 彼女さんにプレゼントですか?」
「……違う、と思う…」
違うなら何なのか、曖昧な言い回しに店員は不思議そうな表情をしていた。
「大切な人、です」
ボスが居なければ俺は存在しなかったし、こうして様々なものを感じることはなかった。彼は大した事じゃないと言いそうだが
「ふふ、そうなんですね。もし他の色が見たい場合はお探ししますのでお声掛けください」
あのエルフ達と対峙してから焦燥感がずっとあったが、気分転換になったと思う
魔術と情報を照らし合わせてから部屋に入ると、そこには全裸で立っているボスが居た。
「…お帰り!…あっ、と……」
慌ててボスはバスタオルを腰に巻き始めたものの、首輪が気になってしまった。しかしそれ以上に驚いたのは
「立、って… 大丈夫、か……?」
口が回らなくなりそうだった。照明で肌の明るさがより分かる一方、傷や跡もはっきり目立った。
「うん、手首も普通に回せるし…足もほら、しゃがんでも大丈夫」
チラチラと健康そうな肌や足と、跡が見えるそのコントラストは色っぽく見えてしまう
「…ボス、風邪を引く……」
分かってるってとブツブツ呟いているが、実のところそのままボスを見続けてしまうと邪な気持ちになってしまいそうだったからだ
顔を背けながら横を通り、買って来たストールの入った紙袋をテーブルに置いた。
「買ってきたんだよね?早く見たいな」
せめて着替えを、と促せばボスは口をへの字にさせた。そんなにすぐ風邪引かないってば、とふてくされる。
俺は軽装になりながらもボスの体をさり気なく窺った。痛々しい見た目はともかく、やはり問題なく動けているようだった。
タオルを準備し、座って着替え始めたボスの後ろに立って髪を乾かし始めた。
「お、ありがとう…なんだかこういうの懐かしい」
指で優しく梳かしつつ、全体を覆いながら細かく乾かしていった。
(……懐かしい、とは…)
ボスは俺と違って人から産まれて育った。データから生まれた俺と違い、思い出というものがあるのだろう
それを懐かしいと。その気持ちは一体どういうものなのかと考える。
「…ボスは……なぜ、そう思った…?」
ある程度乾いたのもあって、彼はそのままタオルを首に掛けて顔だけ振り返った。
「ガキの頃はこうやって乾かしてくれてさ、大人になるとやってくれる相手なんて居ないじゃん?」
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