1人目の戦士

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ふむ、とエースは依頼書を再度手に取ってしばらく見つめた。 「聞いていいか?正直()()も気になる所だな」 視線を受けたその先には手首の傷跡、痛みはすっかり無くなっていたし普段は隠れていたので気にもしていなかった。 「…そういった趣味、という事ではないんだろう?」 「……分かっているのなら聞くな」 俺がポカンとしていると、リヒトは呆れながらため息交じりにそう返した。 冗談だと言いながらも失礼、と手を取られ手首を返したり戻したりして見ていた。 「本当に痛くないのか?傷も塞がっているとはいえ…」 「最初はすごく痛かったけど、今は全然問題ないよ」 「…治療は施したが原因は不明だ」 俺自身もそう思ったしエースも違和感を持ってそう受け取っているということは、やはり普通ではないのだろう 彼はすっくと立ち上がり、俺に近付いて来たかと思えば膝をついた。 「貴方は私のマスター(主人)であることは間違いないようだな、これまでの無礼をお詫びする」 「…は…… あ、えっと…そういう堅苦しいのは…」 人が変わったような仕草や物言いに俺も背筋を伸ばしてしまったが、それをやめるよう促した。 俺の知っているエースではあるのに、突然のかしこまった様子に少し緊張してしまった。 そのまま手を取られ、甲に接吻を落とされそうになる手前でリヒトに遮られる。 「……何をする」 「場所を移せ…ここでのお前の知名度がどれほどのものか知ったことではないが、人が集まり過ぎている…」 「むしろここで知らしめるべきだろう?」 にやりとエースは明るくも怪しい表情を見せたが、リヒトがあからさまに鋭く彼を睨み付けた。 「いい加減にしろ…例えエースでも、ボスを危険に陥らせる行動を取るなら容赦しない……」 待って待って!と、いつの間にか一触即発の状況になっていて俺は混乱しつつも2人を抑えた。 「い、移動しようか…!な?ずっとここに居座ってても仕方ないし、な…?」 急いで依頼書を荷物に詰め込み、2人の腕を強引に組んで集会所から出た。 何だかおかしい、さすがに仲良しこよしとはならなくても仲間として助け合える関係性を想像していたはずなのに 「――先程はすまなかった。マスターもリヒトも、大事な存在である事には変わりない」 エースはそう言ったが、それでもリヒトは納得出来ないような顔をしていた。 「ふ…2人ともいれば俺は安心だからさ。ブループ湖に行こうよ」 落ち着いてもらうようにリヒトの腕を軽く叩いてから地図を開き、点滅している目的地を目指して歩き出した。 ブループ湖は綺麗な湖というイメージはあったが、行くまでにはやや険しい道だった。 「ところでリヒト、マスターに加護は」 「付与は、してあるのだが…」 含みのある言い方にエースは険しい表情になった。間違いなく付いてあるはずなのに反応しなかった事があったと伝える。 「そんなはずないだろう、と言いたいが…お前が嘘を付くとも思えないな」 エースは徐々に思い出してきたのか、リヒトに対する絶対的な信頼を寄せた発言をするようになっている事に気が付いた。 (キャラクター同士の会話って…戦闘における連携はあっても、会話はそれほどなかった…ような?) だからか2人が喋っているだけで妙に新鮮さを感じる。少しニマニマしていると2人に怪訝な表情で見られていた。 「……気を付けろ、こっちを見ている」 俺を挟んで後ろに居たリヒトがそう伝えて来た。そうか、と言いながらエースは剣を引き抜いた。 獣のような唸る声があちこちから聞こえ、俺は緊張で体が震えた。 「隠れるつもりもないようだ!」 「わっ…!?」 エースは横から飛び出して来た狼を蹴り飛ばし、そのまま剣から出た光で滅した。 「…厄介だ……」 そう後ろから呟いたリヒトはすぐに詠唱を開始し、エースはそれを援護するように狼を引き付けた。 翻弄するような狼の動きに付いていけてはいるものの、どの程度の群れなのかも分からない (どうしよう、下手に動いたら足手まといになりそうだし…) 護身用の短剣をぐっと握りながらリヒトを見ると目が一瞬合った気がして、彼の目元がわずかに緩んだ。 その瞬間、紫黒色の槍が狼を同時に串刺しする光景が出来ていた。 それに合わせてエースは剣を掲げると、周辺を眩しく照らしたかと思えばそのまま狼は消滅してしまった。 「っ!?……び、っくりした…!というか、こんなにいたんだ…」 「近くが住処になっているのだろう、この辺りに潜む狼は毒を持つから一掃してくれて助かった」 エースは剣を鞘に戻しながらそう言い、こちらに戻って来た。 「ボス、怪我は」 「大丈夫…2人ともありがとう」 2人の安心した表情を見てしまったら、何も出来なかった事を伝えるのは野暮だと思った。
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