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世界から見捨てられ、夫から見捨てられたけれども、息子の純夫だけは私のそばに残ってくれた。 どれほど不運で理不尽なこの世にあっても、息子がいてくれれば、耐えることが出来た。 それでも親として息子に十分なことをしてあげたいと思っても、他の家の子供たちのように純夫に与えることのできるものは限りがあった。 私に話すことは無かったけれど、学校に通っても友達を作れていないことは担任の話から察しがついた。 二親の揃った他の家庭と、どこか違いがでてしまうものなのか、と悩ましい気持ちでいっぱいだった。 それでも学年が上がったある時に、どこかすっきりした顔で帰宅するようになり、まもなく友達が出来たことを話してくれた。 純夫の表情が軽くなり、私は初めてそこに光の当たったような気がした。 息子が友達と遊び、充足した本当の子供らしい顔でニコニコするのを見て、ようやく私たちなりの幸福がやって来るのかと思った。 夏休み一杯、純夫とその友達が共に過ごして最後の日だったろうか。 プールに行く、と行って出かけたのがその友達を連れて帰ってきた。 おとなしく優しそうな男の子と挨拶を交わし、家には三人分のお菓子の用意がないのを思い出した。 留守番を頼み、外に出て家から一番近い個人商店に行き、アイスボックスから三つのソーダ味のカップアイスを選んだ。 ふと店の外の通りを見ると、通りを若い夫婦とその娘の小学生らしき三人連れが歩いているのが見えた。 彼らを見て、そして袋に入れた三つのアイスを見た。 帰ってドアを開けて居間に入ると二人は疲れてぐっすりと寝ていた。 青い部屋の中に並んだ眠る二人の少年、崇高なまでにこの美しい瞬間を前に私の頭が止まった。 不運はこれまで私から色んなものを奪ってきた。 唯一、純夫という大切なものを私は守ってきたけれど、それはいつまで私の手元にあってくれるのか。 こんな美しい瞬間も私から奪われてしまうものか、と思うと、二人をこのままの姿に永久に留めておけたら……という考えが浮かんできた。 頭の中が痺れたまま、そっと私は純夫の傍に座り両手で首を絞めた。 柔らかく、少しづつ力を込めて。 眉根を寄せたけれど目覚めない。 首から手を離し立ち上がって今度は連れられてきた友達の傍に座り同じように首を絞めた。 眼が開かない。 ゆっくりと手を離し立ち上がった。 二人の眠ったままなのを見ながらキッチンを通り三和土まで戻った。 そこからドアを開閉し、靴を脱いだような音をさせ、足音もわざとたてながら居間に入り声をかけた。 二人は身を起こしたけれど、奇妙な表情をして互いを見ていた。 私はあの時、なんであんなことをしたのか。 友達はそれから二度と来ることもなく、純夫の表情からあの晴れやかさが消えていた。 私は自分のやったことを改めて思い出してから恐怖した。 首を絞めていた時に本当は二人とも起きていたのではないか。 私がやったことを知りながら、何も言わずにいるのではないか。 私が純夫から友達を奪ってしまった。 私はあの時、なんであんなことをしたのか。
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