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「愛菜、今日はどっちに行くの?」
昼休み。教室で弁当を食べ終わってぼんやり一息ついていると、私の前の席を拝借していた百合花が聞いてきた。そうか。今日も体育祭の準備日か。
「そうだねえ~」
私は視線を左下に落として考える。楽しいといえば応コンの練習の方かな。面白おかしく生徒たちを盛り上げる応コン部長たちはフレンドリーで、場そのものがライブのような雰囲気だ。日頃の鬱憤を晴らすように飛んで、歌える。それに比べてバックスタンドの色塗り作業は会話もないし、面白みにはかけるかもしれない。でも、もともと地道な作業が嫌いでない私は、色塗りのときの自分と向き合うような感覚が好ましかったし、何とも言えない静けさも心地よいと感じた。それに、なにより上嶋君ともう少し話をしてみたい。
「私、もう一度色塗りの方行く。百合花も来てみない? おしゃべりできる雰囲気じゃないけど」
私の言葉に百合花は大きな目で私の目を覗きこむように見つめてきた。百合花は元から目が大きいのに、さらにメイクでパッチリ目元にしてある。ストパーをかけてる肩下までの髪は、前髪だけ眉下で切りそろえてあるので、目ヂカラが半端ない。メイクしなくても綺麗だけど、メイクするとさらに凄みが増すほどの美人。そんな百合花に真っ向から見つめられるとなんだか照れる。
「ど、どうしたの、百合花? 嫌なら別にいいよ?」
「ううん。怖いもの見たさ的な興味が湧いた。愛菜がもう一度行きたいってのも気になるし」
「じゃあ、一緒行く?」
「うん」
校舎裏に行くと今日も作業がすでに始まっていて、静かな張り詰めた空気が漂っていた。百合花が私を小突いてくる。私は目で百合花を制した。百合花は肩を一瞬すくめて、しゃがみ込んだ私の隣に座った。今日も青色の絵の具が置いてあるので1の数字に青を塗るようだった。私は百合花に説明をして、青色を塗っていった。
「はい、休憩!」
先輩の声に、
「はあ〜」
と百合花が声を出した。
「めっちゃ静かだね」
注目を集めてしまい、今度は百合花は声をひそめて言った。
「うん」
「楽しい?」
「楽しいかは分かんないけど、好きな感じ」
「やっぱり愛菜って変わってる」
そこへ上嶋君がやってきた。
「あれ? 今日は二人? もしかして例の友だち?」
「そうそう」
百合花が、誰? と視線で聞いてくる。
「六組の上嶋雅人君。彼女が永井百合花だよ」
私が紹介すると、上嶋君はにかっと笑った。
「上嶋です。迫力ある美人だね〜」
こういう言葉を初対面で言える上嶋君って凄いなと思う。
「惚れんなよ。あたしにはラブラブのカレシがいるんだから」
そして、こんなふうに返せる百合花も百合花で凄い。上嶋君は楽しげに笑って、
「面白い人だね、永井さんて。でも心配しないで。俺のタイプじゃないから」
とさらっと言い、
「うわ、辛辣」
と百合花も笑いながら返した。漫才のようだ。こんなとき、少し百合花が羨ましい。一見近寄り難い美人なのに誰とでもすぐに打ち解けちゃう百合花。自分にはできないなと感じる。
「雅人、両手に花とはいい身分じゃないか。ちゃんと作業してんのか?」
上嶋君の後ろから、知らない男子が声をかけてきた。
「涼太か。お前こそ、こっちに出るよう言っときながら放置ってどうなの?」
上嶋君が後ろを振り、非難がましく言った。ということは、この男子が美術部の人だろうか。
「放置したつもりはないけどね。忙しかっただけで」
涼太と呼ばれた男子は飄々とした感じでそう言った。
「あ、彼は菅谷涼太」
上嶋君が紹介すると同時に、
「はい、休憩終わり〜」
と先輩の声がした。
「どうも。菅谷です。この後も作業よろしく」
菅谷君はそれだけ言うと、先輩の方に戻って、絵について二言、三言言って色を塗り始めた。
上嶋君は自分の場所に戻っていって、私と百合花はまた無言になって作業を開始する。
どうやら龍を描いているようだ。段々と形になっていくのは面白い。私は憑かれたように絵の具を塗った。
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