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 夏休みに入ると午前は夏期講習、午後は体育祭の準備になった。 「せっかくの夏休みなのに、全然遊ぶ日なくない?」  弁当を食べた後、半袖からのぞく腕や、ハーフパンツから伸びる足に日焼け止めをせっせと塗りながら、百合花が不満げに言った。 「そうだね〜」  私は普段化粧をしないので、顔にも日焼け止めを塗らなければならない。白くならないようにむらなく塗るのが案外難しい。日焼け止めと格闘しながら気のない返事をする。 「なんて言いながら、ほんとは愛菜は楽しみだからいいよね〜」 「え?」  百合花の言葉の真意が分からず、私が手鏡から百合花に視線を移すと、大きな目を猫のように細めてにんまり笑う百合花がいた。 「な、何? どうしたの? 百合花」 「もう〜、隠さなくていいんだよ〜? 愛菜は上嶋君と菅谷君、どっちがタイプなの?」 「いきなり、な、なんで?」  私は日焼け止めを塗る手を止めてしまい、まずいと思った。このままでは顔が白くなるし、百合花にも気付かれてしまうかも。 「だって、ずっと色塗りのほうばっかりしてたじゃん。それって、思うに上嶋君に会いたいからじゃ?」  確かに私は上嶋君と話した日からずっと色塗りの方に出ていた。応コンのパネル操作の練習が夏休みからは必須と分かっていたのもある。 「それ言うなら百合花もじゃん」  誤魔化すように手を動かす。よし。なんとか白浮きだけは免れそう。 「だって、そっちの方が面白そうだったんだもん。二人の男子の間で揺れる恋心! アオハルって感じ!」  私ははぁとため息をついた。なんでも恋愛に結びつけるんだから、百合花は根から恋愛体質だ。 「そ、そんな雰囲気じゃなかったじゃん。第一、上嶋君とも菅谷君とも少しだけしか会話してないし」  とは言え、四人で休憩時間にちょっとした会話するのが楽しみになっている。 「まあね。でも、あたしは見ていて新鮮だけどね。じりじりとしか進まないのも」  百合花のカレシは百合花の幼馴染で、中学生のときから付き合い出したと聞いている。 「そんなに百合花は進むの早かったの?」 「さあね。あたしの話はどうでもいいんだってば」  はぐらかされた。百合花は話そうと思わないときは聞いても話してくれないのが分かっている私は、それ以上聞き出すのを諦めた。 「じりじりとでも進んでたらいいんだけど。私は全く進んでないと思う」  顔は塗り終えたので、私も手足に日焼け止めを塗りながらポツリと言った。 「それに、百合花といると私はどう考えても引き立て役だし」  百合花は日焼け止めをしまって、ゴムで髪をポニテにくくる手を止めた。 「そんなこと思ってたの? 上嶋君、前言ってたじゃん。あたしはタイプじゃないって。菅谷君は知らないけど」 「ま、まあ。それは」 「ほんと、鈍感にも程があるよね。あたしはカレシ持ち、なのに休憩時間の度に話しかけてきてるのは愛菜に気があるからでしょ?」 「ええ!?」  私は日焼け止めを落としそうになって慌てて握り直した。 「菅谷君はあんなだからよくわからない。でも上嶋君は愛菜狙いだとあたしは思うね」   かあっと顔が熱くなるのが自分でも分かった。 「そ、そうかな?! 私、久しぶりに気になる人できたけど進展しないから、また脈ないのかと思ってた」 「あ〜、もしかして愛菜って、両想いになったこと、ない? それってたぶん半分は愛菜が鈍感で愛菜のリアクションがないから諦めた男子もいると思うよ」  なんか人生、損した気分だ。今まで不毛な片想いばかりしてきた。告白もできないうちに相手に彼女ができるパターンが多かった。その原因が自分にもあったとしたら少し悲しい。 「そうか。やっぱり愛菜は上嶋君が気になってたか」  しまったと思ったときには遅かった。百合花と話していると、いつの間にか百合花のペースにはまって本音をさらけ出してしまう。 「それで、百合花大先生は、どうしたらいいと思います?」  私はちらちらと百合花の顔を伺った。 「無理しなくていいんじゃん? 愛菜は今のままで。ただ、上嶋君のほうが好きなら、それは出さないと。上嶋君も不安になるし、菅谷君とは差をつけなきゃね」  難しいアドバイスが返ってきた。 「ちなみにどんなふうに?」 「え? そこは自分で考えなよ」 「はあい」  私はやっぱりそうくるよね〜と肩を落とし、百合花はそんな私を楽しげに見ていた。 「今日から女子は創作ダンスの練習。男子はダンプリングの練習が入るよね。お兄の話だと、男子は上半身裸になるから、みんな鍛え出すらしいよ」 「え。私筋肉ムキムキの人はあんまり。怖いな。それに百合花はダメじゃん。他の男子の裸なんか楽しみにしちゃ」   百合花のカレシは別の高校に行っている。 「見るだけならいいじゃん?」  百合花と付き合っているカレシはどんな人なんだろうなと真剣に思った。きっと百合花に尻にひかれてる気がする。 「時間だよ。行こう」  百合花の言葉に頷き、私たちは集合場所へと急いだ。  
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