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「幸せそうだね、愛菜」
お昼休み。お弁当を食べ終わって、片付けていると、百合花が言ってきた。
「え?」
「顔がね、弛んでるよ。だらしなっ」
「だって幸せなんだもん」
百合花に返事してるときさえ顔がにやけるのを止められてない。
「よかったね〜。上嶋君と付き合えて。毎日会ってるの?」
「うん。雅人君の部活してる姿見ながら待ってて、一緒に帰ってるんだ」
「上嶋君て何部〜?」
「陸上部! 体育祭の時も、リレー速かったでしょ?」
「覚えてない」
「え? なんで?! めちゃくちゃかっこよかったじゃん!」
「恋すると、その人だけかっこよく見えるんだよね。うんうん。懐かしい」
百合花の言葉に、ふと私は真顔になった。
「百合花。今は彼のことかっこよく見えないの?」
「うーん。かっこいいところもあるって感じかな。かっこよくないところも、それはそれで愛しいものだよ。だから、べつに悪いことじゃないし」
百合花が自分の気持ちを素直に話すのは珍しい。
「なんか、深いね」
「恋を通り越してるからね」
「へえ、すごい」
「まあ、今は今だけの気持ちを楽しんでちょ〜だいな」
「うん」
百合花の言葉は、このとき私の幸せな心の中で溶けてしまった。
私はかつてないほど満たされていて。
毎日、少しずつ新しい雅人君の知識が増えて。
好きな人が同じように自分を好きでいてくれることは、なんて幸せなんだろう。こんな感覚を私は知らなかった。
ほかになにも入る余地なんてなかった。
**
「雅人君は走るの好きだから陸上部なんだよね?」
帰り道、いつものコースを二人で歩きながら、私は雅人君に尋ねた。
「うん。愛菜ちゃんは走るのは?」
「実は苦手なんだ。雅人君は、どうして走るの好きなの? きつくない?」
「短距離だから、あっという間ではあるんだけど、全身に風を感じて。なんてのかな。浮いてるような、飛んでるような一瞬があるんだ。その一瞬を求めて、かな? きついはきついんだけど、100メートルなんて、走ればすぐだしね」
私には想像もできない。
走るのが嫌いな私は、走っていると自分の呼吸しか聞こえなくて、足も肺もきつくてきつくて仕方ない。風なんて感じたことあったかな。
「すごいね。私にはわからないや。タイムは気にならないの?」
「そりゃ、気にならないわけはないけど、タイムを縮めるのは、本当難しくてさ。体調でも変わるし、あとはスタートかな。一番緊張する瞬間。スタートの反応、それから一歩目、二歩目のときの上半身の角度とか。本当、ほんの少しのことでタイムは悪くなる。良くするのは難しい」
難しい、と言いながら、雅人君の目は子供のように輝いていて、本当に走るのが好きなんだなとわかった。
「雅人君ね、部活中も、今も、なんかキラキラしてる」
「え? 本当? なんか恥ずかしいな」
とたんに照れて耳まで赤くなる雅人君は、今度は可愛かった。
幸せだなあ。
「愛菜ちゃんは部活は入ってないの?」
「うん。私、色んなこと同時にやれないんだよね。きっと部活入ったら、そればかりになって、勉強できなくなっちゃうから」
「愛菜ちゃんなんでも一生懸命やるもんな。じゃあさ、試験前は勉強教えてよ」
「わかった。じゃあそのためにもがんばるね、勉強」
一緒の時間はあっという間で、別れ別れの道になる公園で、私たちは毎日少しでも長くいようと抵抗する。
話すネタが尽きても、お互いを見つめて、言葉を探そうとするし、帰らなければならない時間が近づいてくるのが悲しくて、もっと一緒にいられたらいいのにと思ってしまう。
「そろそろ、時間、かな。あと二分、ここに座っていよう?」
「あと、五分でもいいよ?」
「じゃあ七分」
顔を見合わせて笑う。
おんなじ気持ちだ。今、私たちもっと一緒にいたいとだけ思ってる。
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