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残念なイケメン
◆
大通りに面した正面の自動ドアが開くと、内側から冷えた空気が一気に流れ出てきた。
「ああ、涼しい!」
8月の照りつける太陽の下で体に纏わり付いた熱気が、瞬時に払われる。
複数の路線が交わる大きな駅に隣接している百貨店だが、今日は外回りの行程上、歩いて訪れた。太陽もさることながら足元から跳ね返る熱に、予想以上に蒸されてしまったようだ。
入口を入ったところで提げていた紙袋を下に置き、ポケットから吸水性重視で選んだタオル地のハンカチを取り出して、額や首筋の汗を拭った。
一息つくと、館内の冷房に早くも汗が引き始める。汗と共に下がった体温に、腕に掛けていた上着を羽織ろうと袖を通して広げると、割と強めに手の甲が何かに当たった。
「っ、」
「あ! すみません」
勢いよく伸ばした腕が、入って来た男性客に当たってしまった。
咄嗟に手を引いて振り返ると、20代後半くらいの長身の男性が、眉間に皺を寄せてこちらを睨んでいる。
「あの、すみません。大丈夫ですか?」
「………」
男性は顎の辺りを手で擦ると、ふいと顔を逸らしてそのまま店の中へ入って行った。
「あ、」
返事も返してもらえず、気分が下がる。いや、こんなところで立ち止まって上着を着ようとしている自分が悪いのだが。
仕方ない、と小さくため息をつき、改めて上着を羽織る。前のボタンに手を掛けながら男性が歩いて行った方向に目を向けると、店内客に紛れた背中はすぐに小さくなり、見えなくなった。
側壁にある案内板の反射を鏡にして、簡単に身なりを整える。汗をかいたので柔らかい髪が額に張り付いていて、みっともない。染めていない髪も瞳も茶色くて、印象がぼやけてしまう。
それに比べてさっきの男性は──ちょっと、男前だった。睨んでいた瞳は漆黒で目鼻立ちが整っていたし、清潔感のある短めの黒髪が似合っていた。身長だって、180を超えていそうだった。自分なんて、調子のいい日で167なのに。しかも、ちょっといい匂いがした。甘い感じの。
いやでも、人が謝っているのに無視はないだろう! ちょっと性格が悪そうだ。性格が悪い時点で、あれはもう残念な男前だ。男前なのに性格が悪いなんて、もったいない限りだ。可哀相に。
「──よし!」
身なりを整え気持ちを切り替えると、足元の紙袋を持ってインフォメーションへ向かった。
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